第二百八十一話 渓流の女王
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
数日後。
夏空の下
深山から流れる清流は
朝日を受けて透き通るように輝いていた。
岩の間を縫うように水が流れ
せせらぎが谷間へ心地よく響いている。
朝の務めを終えた
伊東祐兵と島津豊久は
山奥の渓流へ足を運んでいた。
「今日はヤマメ釣りですな」
豊久が嬉しそうに川を眺める。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「この川には、良いヤマメが棲んでいる」
二人は静かに川岸へ立つ。
澄み切った流れの中には
銀色に輝く魚影が見え隠れしていた。
「美しい魚ですな」
豊久が目を細める。
「ヤマメは『渓流の女王』とも呼ばれるそうだ」
祐兵は静かに竿を構えた。
「澄んだ水でしか育たぬ魚だ」
「だからこそ、これほど美しいのですな」
豊久も頷き
慎重に仕掛けを流れへ送る。
川面を渡る風が心地よい。
鳥のさえずりだけが
静かな渓流へ響いていた。
しばらくすると。
「来た」
祐兵の竿先が小さく震えた。
素早く合わせると
銀色の魚体が水面で跳ねる。
「見事です」
豊久が声を上げる。
祐兵は慌てることなく取り込み
立派なヤマメを魚籠へ納めた。
「流れを読むことが肝要だ」
「勉強になります」
豊久も真剣な表情で竿を見つめる。
その時。
「おっ」
豊久の竿が大きくしなった。
「落ち着け」
祐兵が声を掛ける。
「焦らず、魚の動きに合わせるのだ」
「はい」
豊久はゆっくりと竿を立てる。
水面から
美しいヤマメが姿を現した。
「釣れました」
豊久は満面の笑みを浮かべる。
「初めてにしては上出来だ」
祐兵も微笑んだ。
その頃。
「にゃあ」
小春が岩の上へ飛び乗り
川の流れを興味深そうに眺めていた。
黒猫は木陰へ座り
静かに二人の様子を見守っている。
「魚が気になるようですな」
豊久が笑う。
「川へ飛び込まぬと良いが」
祐兵も苦笑した。
昼近くになると
魚籠には数匹のヤマメが入っていた。
「これだけあれば十分だ」
祐兵が言う。
「必要な分だけいただく」
豊久も頷く。
「山の恵みに感謝せねばなりませんな」
二人は竿を納め
清流へ一礼した。
「また来ましょう」
「ああ、もちろんだ」
祐兵は穏やかに答えた。
「この美しい川を、これからも大切にしていきたい」
夏の風が渓谷を吹き抜ける。
澄み切った清流は
変わることなく流れ続けていた。
二人と二匹は
山の恵みへ感謝しながら
穏やかな足取りで館への帰路につくのだった。




