第二百七十六話 夏草散歩
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
草香の朝。
夏空は高く澄み渡り
どこまでも青く広がっていた。
館の外れには
青々とした草原が風に揺れている。
朝の務めを終えた
伊東祐兵と島津豊久は
草原へ散策に出かけた。
「見事な草木ですな」
豊久が辺りを見渡す。
「ああ」
祐兵は穏やかに頷いた。
「夏になると、草木の勢いも一段と増す」
風が吹き抜けるたび
草がさわさわと揺れ
まるで緑の波のように広がっていく。
「この音も心地よいものです」
豊久は目を細めた。
「海の潮騒とはまた違う趣がある」
祐兵も草原を眺めながら言った。
二人はゆっくりと歩みを進める。
足元には野の花が咲き
蝶が花から花へと舞っていた。
「夏にも、これほど多くの花が咲くのですな」
豊久が感心する。
「小さな花でも、季節を彩る大切な存在だ」
祐兵は一輪の花へ優しく目を向けた。
その時。
「にゃあ」
小春が草むらの中から姿を現した。
勢いよく駆け寄り
二人の周りを楽しそうに走り回る。
少し遅れて
黒猫も静かな足取りで現れた。
「お前たちも散歩か」
祐兵が微笑む。
小春は草の中へ飛び込むと
見え隠れしながら駆け回る。
風に揺れる草が
小春の姿を隠したり見せたりしていた。
「元気いっぱいですな」
豊久が笑う。
一方
黒猫は少し高くなった場所へ座り
草原を渡る風を静かに感じている。
「黒猫は落ち着いて景色を眺めておりますな」
「ああ。あれも楽しみ方の一つだ」
祐兵は穏やかに答えた。
しばらく歩くと
一本の大きな木が見えてきた。
二人は木陰へ腰を下ろす。
爽やかな風が吹き抜け
夏の暑さを忘れさせてくれた。
「ここは涼しいですな」
豊久が深く息をつく。
「木陰は夏の恵みだ」
祐兵は青空を見上げた。
白い雲がゆっくりと流れ
草原には穏やかな時間が流れている。
小春は祐兵の隣で丸くなり
黒猫も木の根元へ静かに伏せた。
聞こえるのは
草を渡る風の音と
遠くで鳴く蝉の声だけ。
「この静けさも良いものですな」
豊久が呟く。
「ああ」
祐兵は微笑んだ。
「自然の中を歩くと、心まで晴れやかになる」
二人と二匹は
夏草の香りと爽やかな風に包まれながら
穏やかなひとときを過ごすのだった。




