第二百七十三話 弓音、夏空に響く
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
夏の日差しが
館の庭を明るく照らしていた。
青空には白い雲が浮かび
木々の間を涼しい風が吹き抜ける。
伊東祐兵と島津豊久は
館の弓場へ向かった。
的は十分ほど先に据えられ
新しい藁束が並べられている。
祐兵は静かに弓を手に取った。
「今日は弓の鍛錬をしよう」
「承知しました」
豊久も弓を持ち
姿勢を正す。
「弓は力だけではない」
祐兵が弦を確かめながら言う。
「呼吸と心を整えることが大切だ」
「はい」
豊久は深く息を吸い
ゆっくりと吐いた。
静かな空気が流れる。
祐兵は矢をつがえ
ゆっくりと弓を引いた。
弦が張り詰める。
狙いを定めると
迷いなく指を放した。
ヒュッ。
矢は真っ直ぐ飛び
的の中央近くへ突き刺さる。
「見事です」
豊久が感心する。
「狙いを急がぬことだ」
祐兵は穏やかに微笑んだ。
「焦れば、矢も心も乱れる」
「肝に銘じます」
豊久も矢をつがえた。
弓を引き
静かに狙いを定める。
放たれた矢は
的の右側へ当たった。
「少し右へ逸れました」
豊久が苦笑する。
「だが、よく飛んでいる」
祐兵が頷く。
「次は肩の力を抜いてみるとよい」
「はい」
豊久はもう一度構えた。
今度は呼吸を整え
腕の力を抜いて弓を引く。
矢は風を切り
先ほどより中央へ近い場所へ当たった。
「おお」
豊久が嬉しそうに声を上げる。
「先ほどより良くなりました」
「その調子だ」
祐兵も笑みを浮かべた。
その頃。
「にゃあ」
小春が弓場へやって来た。
黒猫も静かに後をついてくる。
二匹は木陰へ座り
じっと二人の鍛錬を眺め始めた。
「今日も見学ですな」
豊久が笑う。
「毎日欠かさぬな」
祐兵も目を細めた。
しばらく鍛錬を続けると
二人の矢は次々と的へ集まっていく。
「これで最後の一本だ」
祐兵が言う。
二人は同時に弓を引いた。
呼吸を合わせ
静かに放つ。
二本の矢は
ほぼ同時に的へ突き刺さった。
「良い締めくくりになりましたな」
豊久が満足そうに笑う。
「ああ」
祐兵は弓を納めた。
「日々の積み重ねが、いざという時の力となる」
「これからも励みます」
豊久は深く頷いた。
木々を渡る夏風が
汗をかいた二人を優しく包む。
小春は気持ち良さそうに伸びをし
黒猫もゆっくりと立ち上がった。
二人と二匹は
清々しい夏の朝の空気を感じながら
館へ戻るのだった。




