第二百七十話 浜辺にて
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
数日後。
夏空がどこまでも広がる午後。
白い入道雲が浮かび
青い海は陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
穏やかな波が
静かに浜辺へ打ち寄せては返していく。
朝の務めを終えた
伊東祐兵と島津豊久は
再び浜辺を訪れていた。
「今日も良い海ですな」
豊久が潮風を胸いっぱいに吸い込む。
「ああ」
祐兵も微笑んだ。
「波の音を聞いているだけで、心が静かになる。」
二人は松の木陰へ腰を下ろした。
木陰には涼しい風が通り
暑さを忘れさせてくれる。
目の前では
波が規則正しく寄せては返す。
「何も考えずに海を眺めるのも、たまには良いものだ」
祐兵が呟く。
「ええ」
豊久も頷いた。
「こういう時間があるからこそ、また明日も励めます。」
その時。
「にゃあ」
小春が、砂浜を駆けてきた。
少し遅れて
黒猫もゆっくりと歩いてくる。
「また来たのか」
祐兵が笑う。
小春は砂の上へ寝転び
ごろりと体を転がした。
「あはは。」
豊久が思わず笑う。
「砂浴びを楽しんでおりますな。」
黒猫は波打ち際までは行かず
松の木陰で静かに座った。
潮風が毛並みを優しく揺らす。
「黒猫は相変わらず落ち着いている」
祐兵が目を細める。
「小春殿とは良い対照ですな」
豊久も穏やかに笑った。
やがて小春は遊び疲れたのか
祐兵の足元へ戻って丸くなる。
黒猫も少し離れた場所で伏せ
目を閉じた。
聞こえるのは
波の音と海鳥の鳴き声だけ。
心地よい潮風が
二人の頬を優しく撫でていく。
「豊久殿」
「何でしょう」
「こうして何事もなく過ごせる日々は、本当にありがたいものだな」
豊久は海を見つめたまま答える。
「はい。この穏やかな時間を守るためにも、我らは日々鍛錬を積むのでしょう」
「ああ。その通りだ」
二人はしばらく言葉を交わさず
静かな海を眺めていた。
白い帆を張った漁船が
ゆっくりと水平線へ向かって進んでいく。
空では一羽の海鳥が
大きく輪を描いて飛んでいた。
夏の午後。
潮風と波音に包まれながら
二人と二匹は
何にも追われることのない穏やかなひとときを
心ゆくまで楽しむのだった。




