第二百六十八話 朝露での稽古
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の朝。
東の空から昇る朝日が
館の庭を黄金色に照らしていた。
草葉には朝露が残り
涼やかな風が静かに吹き抜ける。
蝉が鳴き始める前の
ひとときの静けさ。
伊東祐兵と島津豊久は
庭の稽古場へ向かった。
二人の手には
木刀と木槍が握られている。
「今日は基本を見直そう」
祐兵が木刀を構えた。
「基本こそ、武芸の土台だからな」
「はい!」
豊久は力強く返事をした。
まずは素振り。
木刀が風を切る音が
朝の静寂へ心地よく響く。
一振り。
また一振り。
無駄のない動きを
二人は何度も繰り返した。
「豊久殿」
祐兵が声をかける。
「少し肩へ力が入っている。」
豊久は木刀を下ろした。
「やはり分かりますか」
「力だけでは、長く戦えぬ。体全体で振ることを意識するのだ」
「なるほど」
豊久は深く頷き
もう一度構え直した。
今度は肩の力を抜き
腰の動きに合わせて木刀を振る。
「その調子だ」
祐兵が微笑む。
続いて
豊久が木槍を手にした。
「では今度は、私がお教えいたします。」
「頼もう」
祐兵も木槍を構えた。
豊久は静かに槍先を示す。
「槍は腕だけで扱うものではありません。足運びが何より大切です。」
そう言うと
滑るような足さばきを見せた。
無駄がなく
流れるような動きだった。
「見事だ」
祐兵が感心する。
「では、祐兵殿も」
祐兵は教えられた通り
一歩ずつ足を運ぶ。
「そうです!」
豊久が嬉しそうに言う。
「槍先がぶれなくなりました。」
「豊久殿の教えが良いからだ」
二人は顔を見合わせ
笑みを浮かべた。
その頃。
「にゃあ」
小春が
稽古場の隅へやって来た。
黒猫もその後ろから歩いてくる。
二匹は木陰へ座り
じっと二人の稽古を眺め始めた。
「今日も見学か」
祐兵が笑う。
「毎朝のことですな」
豊久も微笑んだ。
やがて
朝日が高く昇り始める。
蝉の声が
一斉に響き渡った。
「今日はここまでにしよう」
祐兵が木刀を納める。
「良い汗をかきました」
豊久は額の汗を拭った。
「基本を繰り返すほど、新しい気づきがありますな。」
「ああ。武芸も学問も、積み重ねが力となる。」
二人は井戸で手を洗い
冷たい水で喉を潤した。
夏の朝は
まだ始まったばかり。
清々しい空気の中
二人と二匹は穏やかな一日の始まりを迎えるのだった。




