第二百六十七話 困っている若者
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の日差しが照りつける昼下がり。
朝の務めを終えた
伊東祐兵と島津豊久は
城下町を見回っていた。
「今日も賑やかですな」
豊久が笑顔で言う。
「ああ。民が元気なのは何よりだ」
祐兵が頷いた。
その時。
「おい! まだ終わっとらんよ!」
甲高い声が路地から聞こえてきた。
二人が向かうと
一人の若者が大きな荷物を何度も運ばされていた。
汗は滝のように流れ
肩で息をしている。
その前には
腕を組んだ老婆が立っていた。
「早く次を運びな! 庭の草むしりも、薪割りも、井戸の水汲みも残っとる!」
若者は困った表情を浮かべる。
「申し訳ありません……さすがにこれは。私は通りがかりで荷物を一つ運ぶだけのつもりだったのですが……」
「何を言っとる! 若い者は働いて当然じゃ!」
老婆は次々と仕事を言いつける。
祐兵は静かに前へ出た。
「少しよろしいかな」
老婆は振り向く。
「何じゃ?」
「その若者は、頼まれた仕事を十分に果たしているように見える。」
「まだまだじゃ!」
老婆は言い返す。
「若いんだから、全部やってもらわねば損じゃろ!」
豊久の表情が曇った。
「それは違います。」
老婆は眉をひそめる。
「何が違う!」
豊久は穏やかに答えた。
「助け合いとは、互いを思いやることで成り立ちます。善意で手伝ってくれた人へ、次々と仕事を押しつけるものではありません」
若者は俯いたままだった。
祐兵が続ける。
「人の親切には、感謝で応えるべきだ。それを当然と思えば、誰も手を差し伸べなくなる」
老婆は言葉を失う。
周囲で見ていた町人たちも静かに頷いた。
「確かにそうだ」
「いつもあの若者だけが呼び止められていた」
「困っていたんだな」
町人の声が聞こえる。
老婆はしばらく黙っていたが
やがて深く頭を下げた。
「……わしが間違っておった。親切に甘え過ぎてしまった」
若者へ向き直る。
「すまなかった。荷物を運んでくれただけでも十分じゃった」
若者は安心したように微笑んだ。
「お気になさらないでください。」
祐兵も穏やかに頷く。
「これで良い。感謝の心があれば、人はまた助け合える。」
豊久も笑顔になった。
「困った時は、皆で少しずつ力を合わせればよいのです。」
町人たちも手分けして
残っていた荷物を運び始めた。
「私も手伝おう」
「こちらは任せてください」
あっという間に仕事は終わった。
老婆は何度も頭を下げる。
「ありがとう。本当にありがとう」
祐兵は空を見上げた。
夏空には白い雲がゆっくりと流れている。
親切とは
無理に求めるものではない。
感謝と思いやりがあってこそ
人の絆は深まっていく。
二人は穏やかな町の様子を見守りながら
再び見回りへ戻るのだった。




