第二百六十六話 鮎釣り
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
初夏。
夏空がどこまでも広がる朝。
山々の緑は濃く
澄み切った川が朝日を受けて輝いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
鮎釣りへ出かけていた。
「今日は良い釣り日和ですな」
豊久が川を見渡す。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「水も澄んでいる。鮎もよく見える」
二人は浅瀬へ降りた。
川底には丸い石が並び
清らかな流れが絶え間なく続いている。
「焦るなよ」
祐兵が言う。
「鮎は人の気配に敏い。静かに歩くのだ」
「心得ました」
豊久は慎重に足を運んだ。
水音だけが辺りに響く。
やがて。
「いました!」
豊久が小声で指を差した。
大きな鮎が
流れの中で縄張りを守っている。
「良い鮎だ」
祐兵は静かに竿を構えた。
仕掛けを流れへ送り込む。
しばらく待つ。
その瞬間。
「来た」
竿先がぴくりと震えた。
祐兵は慌てず
ゆっくりと竿を立てる。
銀色の魚体が
朝日にきらりと光った。
「見事です!」
豊久が目を輝かせる。
祐兵は鮎を静かに取り込み
魚籠へ入れた。
「では、次は私です」
豊久も竿を振る。
しかし。
勢いよく振りすぎてしまい
仕掛けが木の枝へ引っ掛かった。
「あっ」
豊久が固まる。
祐兵は思わず笑った。
「力み過ぎだ」
「お恥ずかしい」
豊久も照れ笑いを浮かべる。
枝から仕掛けを外し
もう一度挑戦する。
今度は慎重だった。
流れへ静かに仕掛けを送る。
しばらくして。
「祐兵殿!」
竿が大きくしなった。
「落ち着け。ゆっくり寄せるのだ」
「はい!」
豊久は慎重に竿を操る。
水しぶきを上げながら
鮎が跳ねた。
「やりました!」
立派な鮎が釣れた。
「初物にしては上出来だ」
祐兵が微笑む。
豊久は嬉しそうに鮎を眺めた。
「川魚とは、
これほど美しいものなのですな」
昼頃になると
二人の籠には鮎が数匹入っていた。
「十分だな」
祐兵が言う。
「欲張れば、自然への礼を失う」
「ええ」
豊久も頷いた。
「これだけあれば、皆で味わえます」
帰り道。
木陰を歩きながら
川風を受ける。
小春と黒猫が
館の門まで迎えに来ていた。
「にゃあ」
小春は
魚籠の中を興味深そうに覗き込む。
「魚の匂いが分かるようだな」
祐兵が笑う。
黒猫も近づいてきたが
静かに座って見つめるだけだった。
「今日は鮎の塩焼きですな」
豊久が声を弾ませる。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「夏は、やはり鮎が一番だ」
二人は館へ戻り
夕餉の支度を始める。
夏の清流が育んだ鮎は
香ばしい香りを漂わせながら焼き上がっていく。
その香りに包まれながら
二人と二匹は
夏ならではの恵みに感謝するのだった。




