第二百六十三話 茶屋の涼風
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がり。
七月の陽射しが
城下町を照らしていた。
青空には白い雲が浮かび
山々には夏の濃い緑が広がっている。
朝の鍛錬を終えた
伊東祐兵と島津豊久は
城下を歩いていた。
「いよいよ夏ですな」
豊久が額の汗を手拭いで拭う。
「ああ」
祐兵は空を見上げた。
「暑さもこれからが本番だ」
「少し休んで参りましょう」
「そうしよう」
二人は馴染みの茶屋へ入った。
軒先では風鈴代わりの小さな鈴が
風を受けてかすかに鳴っている。
店の女将が頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「麦湯を二つ頼む」
祐兵が穏やかに言う。
「かしこまりました」
ほどなくして
湯気の立つ椀が運ばれてきた。
香ばしく炒った麦の香りが
ふわりと漂う。
豊久が一口すすった。
「ほう……」
「汗をかいた後でも、不思議と身体に染みますな」
祐兵も静かに口をつける。
「ああ。香りが良い」
女将が小皿を添えた。
「焼き味噌でございます」
炭火で香ばしく焼かれた味噌が
木の皿に盛られている。
「ありがとうございます」
祐兵が礼を言う。
豊久は少し箸で取り
口へ運んだ。
「これは麦湯によく合いますな」
「塩気が汗をかいた身体にはちょうど良い」
祐兵も頷いた。
縁台の下では
小春が石畳の上で丸くなっている。
「にゃあ」
黒猫は軒先へ上がり
静かに往来を眺めていた。
茶屋の前では
商人が荷を運び
子どもたちが追いかけっこをしている。
遠くからは蝉の声が聞こえ始めた。
「もう夏ですな」
豊久が空を見上げる。
「ああ」
祐兵も頷く。
「季節は巡る。暑さに負けぬよう、身体を整えることも鍛錬の一つだ」
「そのためにも、しっかり食べねばなりませんな」
豊久の言葉に
祐兵は小さく笑う。
「結局そこへ戻るか」
二人は湯気の立つ麦湯を味わいながら
しばし穏やかな時を過ごした。
七月の風は
暖簾を静かに揺らし
夏の訪れを城下へ運んでいた。




