第二百六十話 温かな炊き出し
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
六月の空は薄曇りだった。
昨日の地震の影響で
城下にはまだ慌ただしい空気が残っている。
崩れた塀。
落ちた瓦。
道端には片付けられた木材が積まれていた。
伊東祐兵は
町の様子を見回りながら歩く。
その隣には
島津豊久。
小春と黒猫も
二人の後をついて歩いていた。
「怪我人は少なかったものの、家で火が使えぬ者もおりますな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は静かに頷いた。
「ならば、まずは温かいものを食べてもらおう」
豊久の顔が明るくなる。
「炊き出しですな!」
「館の米と味噌を出す」
「私も手伝いますぞ!」
ほどなくして
広場へ大きな竈が据えられた。
館の家臣たち。
町の人々。
皆が力を合わせる。
薪を割る者。
井戸から水を運ぶ者。
野菜を刻む者。
大鍋では湯が沸き始めた。
ぐつぐつ。
鍋へ入るのは
米。
大根。
牛蒡。
葱。
そして味噌。
具沢山の味噌仕立ての雑炊である。
「良い匂いですなあ」
豊久が鍋を覗き込む。
「まだ味見はするな」
祐兵が笑う。
「……少しくらい」
「駄目だ」
そのやり取りに
周囲から笑い声が上がった。
やがて炊き上がる。
湯気が立ちのぼり
広場いっぱいに味噌の香りが広がった。
「皆さん、どうぞこちらへ。」
豊久が大きな声で呼びかける。
町の人々が
次々と椀を持って集まってきた。
「ありがとうございます」
「助かります」
「昨夜から温かいものを食べておりませんでした」
年老いた夫婦。
幼い子どもを連れた母親。
働きづめの職人たち。
皆の表情が少しずつ和らいでいく。
祐兵は一人ひとりへ椀を手渡した。
「慌てず、ゆっくり食べてください」
「はい」
子どもが一口食べる。
「おいしい!」
その声に
母親も笑顔になった。
豊久も椀を配りながら言う。
「おかわりはありますぞ!」
「皆が食べ終えてからだ」
祐兵が横から釘を刺す。
「……私ではありませぬ」
「お前の顔に書いてある」
再び笑いが起こる。
その頃。
小春は
子どもたちに囲まれていた。
「ねこだ!」
「かわいい!」
撫でられても嫌がらず
「にゃあ」と返事をする。
黒猫は少し離れた荷車の上。
静かに広場を見渡していた。
昼を過ぎる頃には
大鍋はほとんど空になっていた。
「ごちそうさまでした」
「元気が出ました」
あちこちから感謝の声が聞こえる。
祐兵は穏やかに頷いた。
「皆で力を合わせれば、町は必ず元に戻る。」
豊久も大きく頷く。
「ええ! 飫肥は負けませぬ!」
町人たちから
力強い返事が返ってきた。
「おお!」
六月の雲間から
柔らかな陽光が差し込む。
その光は
笑顔を取り戻した人々と
寄り添う二人と二匹を優しく照らしていた。




