第二百五十九話 大地の揺れ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がり。
六月の空は青く晴れ
白い雲がゆっくりと流れていた。
伊東祐兵と島津豊久は
館の庭で一息ついていた。
木陰を吹き抜ける風が心地よい。
小春は縁側で毛づくろいをし
黒猫は庭石の上で目を閉じている。
穏やかな午後だった。
その時だった。
黒猫が突然
すっと立ち上がる。
耳を伏せ
庭の一点を見つめた。
小春も毛づくろいをやめ
落ち着かない様子で辺りを見回す。
「どうした」
祐兵が呟く。
次の瞬間。
ごう……!
地の底から響くような低い音。
そして——
ぐらり。
館がゆっくり揺れた。
「地震か!」
豊久が立ち上がる。
揺れは次第に大きくなる。
障子が音を立てて震え
棚の器がかたかたと鳴った。
祐兵はすぐに声を張る。
「棚から離れろ!」
「はい!」
豊久は縁側から庭へ飛び出す。
小春を抱き上げ
開けた場所へ向かう。
黒猫も軽やかに庭へ飛び降りた。
ぐらっ。
ぐらぐら……ぐら。
地面が波打つように揺れる。
庭の木々がざわめき
池の水面には大きな波紋が広がった。
館で働く者たちも
次々と外へ避難してくる。
「皆、落ち着け!」
祐兵の声が響く。
「走るな! 頭上に気を付けろ!」
その落ち着いた声に
人々も慌てず庭へ集まった。
しばらくして——。
揺れは少しずつ収まっていく。
やがて静寂が戻った。
聞こえるのは
驚いて飛び立った鳥たちの鳴き声だけだった。
豊久が深く息を吐く。
「かなり揺れましたな……」
「ああ」
祐兵は館を見上げた。
瓦が数枚ずれ
庭石にも小さな砂が落ちている。
「館を見て回る」
「私も参ります」
二人は手分けして館を点検した。
柱。
梁。
屋根。
幸い大きな損傷はない。
棚から落ちて割れた茶碗が数枚ある程度だった。
「これなら修繕ですむ」
祐兵が安堵の息をつく。
豊久も頷いた。
「怪我人もおりませぬ」
館の者たちも
胸をなで下ろした。
その後。
二人は城下へ向かう。
町では人々が家の外へ出て
互いの無事を確かめ合っていた。
「お怪我はありませんか」
豊久が声を掛ける。
「ええ、おかげさまで」
商人が答える。
「店の商品は倒れましたが、皆無事でした」
祐兵は通りを見渡した。
大きく崩れた家はない。
それでも
塀の一部が崩れたり
瓦が落ちたりした家はあった。
「後片付けを手伝おう」
「そうですな」
二人は崩れた瓦を運び
倒れた荷を起こし
困っている町人たちに手を貸した。
「助かります!」
「ありがとうございます!」
あちこちで感謝の声が上がる。
夕方。
すべての確認を終え
二人は館へ戻った。
縁側では
小春が安心したように丸くなっている。
黒猫もその隣へ座り
静かに目を閉じた。
「何事もなくて良かったですな」
豊久が空を見上げる。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「自然の力には逆らえん。だからこそ、備えと助け合いが大切だ」
茜色に染まり始めた空の下
館には再び穏やかな時間が戻っていた。




