第二百五十四話 茜の空
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夕刻。
一日の暑さが和らぎ始めていた。
六月の風が
城下をゆっくり吹き抜ける。
伊東祐兵と島津豊久は
町外れの小高い丘へ来ていた。
眼下には飫肥の城下。
遠くには山々。
その向こうへ
太陽が沈もうとしている。
「見事ですな……」
豊久が思わず呟いた。
空が染まっていた。
茜色。
黄金色。
紫がかった雲。
幾つもの色が重なり
空いっぱいに広がっている。
祐兵も静かに眺めていた。
言葉はない。
ただ
目の前の景色を見つめる。
風が吹く。
草が揺れる。
昼間の喧騒は遠く
聞こえるのは風の音だけだった。
小春は
二人の間に座っている。
夕日に照らされた毛並みは
まるで金色のようだった。
黒猫は少し高い岩の上。
茜色の空を背に
じっと西を見つめている。
「不思議なものですな」
豊久が口を開いた。
「何がだ」
「毎日見ている空なのに、同じ夕焼けは一つもない」
祐兵は小さく頷いた。
「ああ」
今日だけの色。
今日だけの景色。
明日には
もう見ることはできない。
太陽が少しずつ沈む。
山の稜線が黒く浮かび上がる。
城下の家々からは
夕餉の煙が立ち始めていた。
味噌を煮る匂い。
魚を焼く香り。
風が運んでくる。
「腹が減りましたな」
豊久が言った。
祐兵が苦笑する。
「せっかく良い話だったのに」
「景色も大事ですが、飯も大事ですぞ」
「それは否定できんな」
二人は笑った。
その時。
小春が
「にゃあ」と鳴く。
まるで賛成するようだった。
黒猫も
ゆっくりと立ち上がる。
帰る時間だと分かったらしい。
やがて。
最後の陽が山の向こうへ沈んだ。
空には
淡い紫色が広がっていく。
一番星も見え始めた。
「帰るか」
祐兵が歩き出す。
「ええ」
豊久が頷く。
二人と二匹は丘を下る。
背後には
静かな夕焼けの名残。
六月の終わりを思わせるような
穏やかな茜色の空が広がっていた。




