第二百五十三話 朝焼けの支度
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
早朝。
東の空が
ゆっくりと明るくなり始めていた。
夜露を含んだ風が
六月の草を揺らす。
鳥たちはまだ眠そうだ。
城下も静かである。
館の庭では
伊東祐兵が一人
井戸の水で顔を洗っていた。
冷たい水。
眠気が消える。
空を見上げると
薄紅色の朝焼けが広がっていた。
「良い天気になりそうだな」
静かに呟く。
その頃。
館の中では——
「……むにゃ」
島津豊久が
布団の中で寝返りを打っていた。
まだ夢の中である。
だが。
障子の向こうから
小さな影が近づいた。
小春だ。
「にゃあ」
返事はない。
「にゃあ」
やはり起きない。
小春は考えた。
そして。
ぽすっ。
豊久の顔の上へ乗った。
「ぶふっ!?」
豊久が飛び起きる。
「敵襲か!?」
辺りを見回す。
だが見えるのは
得意げな小春だけだった。
「お前でしたか……」
小春が鳴く。
「にゃあ」
まるで
起こしてやったと言わんばかりである。
豊久が苦笑した。
「助かりましたぞ」
廊下へ出ると
黒猫が座っていた。
じっと豊久を見る。
「おはようございます」
黒猫は何も言わない。
だが。
一度だけ尻尾を動かした。
やがて。
二人は縁側へ集まった。
朝日が昇り始めている。
庭の紫陽花には
まだ朝露が残っていた。
「今日は晴れそうですな」
豊久が空を見上げる。
「ああ」
祐兵が頷く。
六月らしい
少し湿った空気。
だが不快ではない。
むしろ心地良かった。
その時。
ぐぅぅ……
豊久の腹が鳴る。
朝一番の恒例である。
祐兵が呆れ顔になる。
「起きてすぐか」
「腹は正直です」
「知っている」
台所からは
味噌汁の香りが漂ってきた。
焼き魚の匂いもする。
豊久の目が輝く。
「良い一日になりそうですな!」
「単純な男だ」
祐兵が笑う。
庭では
小春が蝶を追い始めていた。
黒猫は石の上で
朝日を浴びている。
鳥が鳴く。
風が吹く。
城下も少しずつ目を覚ましていく。
こうしてまた
飫肥の穏やかな一日が始まろうとしていた。




