第二百五十一話 ならず者の因縁
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がり。
六月の日差しが
城下へ降り注いでいた。
空には白い雲。
湿った風が
通りを吹き抜けていく。
伊東祐兵と島津豊久は
市場通りを歩いていた。
小春は道端の蝶を追いかけ
黒猫は屋根の上を静かに進んでいる。
「今日は賑やかですな」
豊久が辺りを見回す。
魚屋の声。
野菜売りの呼び声。
子どもたちの笑い声。
平和な昼だった。
その時。
どんっ。
誰かが豊久の肩へぶつかった。
「おっと」
豊久が足を止める。
振り返ると
三人の男たちが立っていた。
着崩した着物。
酒の臭い。
目つきも悪い。
周囲の人々が
さりげなく距離を取る。
ならず者だった。
「痛えなぁ」
男の一人が肩を回す。
「どうしてくれるんだ?」
豊久が首を傾げた。
「今ぶつかってきたのは、そちらでは?」
「何だと?」
男の顔が険しくなる。
明らかな因縁だった。
祐兵は静かに様子を見ている。
「兄貴、こいつ謝る気がねえみたいですぜ」
「困ったもんだなあ」
男たちが笑う。
周囲の空気が重くなる。
だが。
豊久は不思議そうな顔のままだった。
「謝る理由がありませんので」
男たちの笑みが消えた。
「てめえ……」
一人が胸ぐらを掴もうとする。
その瞬間。
ぱしっ。
豊久が手首を掴んだ。
微動だにしない。
男の顔が引きつる。
「な……」
「やめておいた方が良いですぞ」
豊久は笑っていた。
だが目は笑っていない。
男は慌てて腕を引く。
しかし動かない。
まるで岩を掴んでいるようだった。
「痛っ!? 痛ぇ!」
「力を入れておりませんが」
豊久が手を離す。
男はよろめいた。
その時。
別の男が怒鳴る。
「ふざけるな!」
拳を振り上げた。
だが。
その拳は空を切る。
いつの間にか。
祐兵が男の横へ立っていた。
静かな動き。
誰も見えなかった。
「……まだやるか」
低い声。
男の顔から血の気が引いた。
祐兵の視線は鋭い。
まるで抜き身の刀だった。
周囲も静まり返る。
ならず者たちは
ようやく相手が普通ではないと気付いた。
「くっ……」
最後の男が後ずさる。
豊久が一歩前へ出た。
「町の人々を困らせるのは感心しませんな」
「それ以上騒ぐなら、役人へ引き渡す」
祐兵が続ける。
男たちは顔を見合わせた。
勝てない。
そう悟ったらしい。
「ちっ……!」
捨て台詞を吐き
三人は逃げるように去っていった。
静寂。
やがて。
市場に安堵の空気が戻る。
「助かりました」
野菜売りの老婆が頭を下げた。
「あいつら、最近ずっと騒ぎを起こしていたんですよ」
魚屋の主人も頷く。
「ようやく懲りたでしょう」
豊久が笑った。
「なら良かった」
祐兵も小さく頷く。
その時。
小春が
豊久の足元へ戻ってきた。
「にゃあ」
「終わりましたぞ」
豊久が抱き上げる。
黒猫も屋根の上から降りてきた。
もう警戒する必要はないと判断したらしい。
市場には再び活気が戻る。
笑い声。
商人たちの呼び声。
六月の風が吹き抜けた。
祐兵と豊久は
何事もなかったように歩き出す。
「さて」
豊久が言った。
「少し騒いだら腹が減りましたな」
「結局それか」
祐兵が苦笑する。
二人と二匹は
賑わう城下の中へ消えていった。




