第二百五十話 梅雨晴れの鍛錬
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
昨夜までの雲が流れ去り
空には青空が広がっていた。
梅雨の合間の晴れ間である。
湿り気を含んだ風が吹き
草の匂いが辺りに漂っていた。
訓練場には
既に伊東祐兵の姿がある。
静かに木刀を振っていた。
ぶん。
ぶん。
無駄のない太刀筋。
朝の空気を裂く音だけが響く。
やがて。
「お待たせしましたぞ!」
島津豊久が
木槍を担いで現れた。
顔色は良い。
先日の腹痛も
すっかり治ったようだ。
「今日は元気そうだな」
「ええ! 温泉と飯のおかげです!」
「結局そこか」
祐兵が苦笑した。
小春は
訓練場の隅で丸くなっている。
朝日が心地良いらしい。
黒猫は柵の上。
尾をゆっくり揺らしていた。
「では祐兵殿!」
豊久が木槍を構える。
「一本お願い致します!」
「来い」
祐兵も木刀を構えた。
静寂。
風が吹く。
草が揺れる。
次の瞬間。
豊久が踏み込んだ。
「はっ!」
鋭い突き。
以前より速い。
以前より迷いがない。
祐兵が木刀で流す。
ぱしっ。
乾いた音が響く。
豊久は止まらない。
突き。
払い。
返し突き。
流れるような連撃。
訓練場の若い家臣たちも
思わず見入っていた。
「速い……」
「豊久さま、また強くなっておられる」
祐兵は静かに受ける。
無駄な動きはない。
最小限。
それでいて隙がない。
「良いぞ」
祐兵が呟く。
豊久の目が輝く。
「本当ですか!」
その瞬間。
わずかに気が緩んだ。
祐兵が半歩踏み込む。
こん。
木刀が豊久の額へ軽く当たった。
勝負あり。
「あっ」
豊久が固まる。
周囲から笑い声が漏れた。
「褒められるとすぐ油断する」
祐兵がため息を付く。
「むう……」
豊久が悔しそうに頭を掻く。
「そこがまだ未熟だ」
「返す言葉もございませぬ」
その時。
小春が
てくてくと訓練場へ入ってきた。
そして。
豊久の木槍へ飛びつく。
「にゃっ!」
「おおっ!?」
豊久が慌てる。
小春は
槍の房を獲物だと思ったらしい。
ぶら下がったまま離れない。
祐兵が吹き出した。
「敵はそこか」
「なかなか手強いですぞ!」
黒猫は柵の上から
その様子を眺めていた。
少しだけ目を細めている。
朝日が高くなる。
額には汗。
身体は心地良く温まっていた。
「さて」
祐兵が木刀を納める。
「朝餉にするか」
豊久の顔が一瞬で明るくなった。
「待っておりました!」
「お前はそればかりだな」
「鍛錬の後の飯は格別ですぞ!」
六月の青空の下。
二人の笑い声が
訓練場へ響いていた。




