第二百四十九話 六月の朝道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
早朝。
空には薄い雲が流れていた。
夜の雨は上がり
道にはまだ水気が残っている。
湿った土の匂い。
青葉の香り。
六月の朝だった。
伊東祐兵は
静かに館の門を開ける。
その後ろから
欠伸混じりの声。
「ふぁ……おはようございます……」
島津豊久である。
まだ少し眠そうだ。
「珍しいな。起きるのが遅い」
「昨夜、雨音が心地良くて寝過ぎました」
「子どもか」
祐兵が苦笑する。
小春は
既に門の外へ出ていた。
朝露の残る草を
楽しそうに歩いている。
黒猫は塀の上。
静かに空を見ていた。
城下はまだ静かだった。
店も閉まっている。
時折
井戸へ向かう人影が見える程度。
「この時間の町は落ち着きますな」
豊久が伸びをする。
「ああ。嫌いではない」
二人は川沿いの道を歩いた。
昨夜の雨で
川は少し水量が増えている。
さらさらと流れる音。
朝日が
水面を淡く照らしていた。
その時。
ばさっ。
白鷺が飛び立つ。
「おお……」
豊久が目を丸くする。
「綺麗ですな」
「魚を狙っていたのだろう」
風が吹く。
湿った空気の中にも
朝の涼しさがあった。
道端には
紫陽花が咲いている。
雨粒がまだ残っていた。
小春が
花へ鼻を近づける。
だが。
ぽたり。
花から落ちた雫が
頭へ直撃した。
「にゃっ!」
慌てて飛び退く。
豊久が吹き出した。
「ははは!」
黒猫は少し離れた場所から
静かにその様子を見ていた。
橋を渡る頃には
町にも少しずつ活気が出始めていた。
魚屋が戸を開ける音。
味噌を煮る匂い。
遠くで鶏が鳴いている。
「腹が減ってきましたな」
豊久が言う。
「さっき起きたばかりだろう」
「散歩をすると減るのです」
「便利な身体だ」
その時。
団子屋の主人が
店先を掃除していた。
「おや、朝早いですな!」
「散歩です!」
豊久が手を振る。
主人が笑った。
「今ちょうど、焼き始めたところですよ」
豊久の目が輝く。
祐兵がため息をついた。
「やはりそれが目的か」
「違います。たまたまです」
豊久の目が泳いでいた。
やがて
炭火の良い香りが漂い始めた。
六月の朝。
雨上がりの町には
静かで穏やかな時間が流れていた。
二人と二匹は
朝の風を感じながら
ゆっくり城下を歩いていった。




