第二百四十八話 重たい空
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝から雨だった。
シトシトと
途切れることなく降っている。
空は灰色。
六月の湿った空気が
館の中まで入り込んでいた。
縁側では
島津豊久が
ぼんやり庭を見ている。
「……むう」
珍しく静かだった。
伊東祐兵は
そんな豊久を横目で見る。
「どうした」
「何だか……気分が乗りませぬ」
豊久が頬杖をついた。
雨粒が庭石を叩く。
紫陽花は綺麗だ。
だが
空気が重い。
「身体が鈍る感じがしますな」
「梅雨だからだろう」
祐兵が茶を啜る。
「湿気で気も重くなる」
豊久は深く頷いた。
「まさにそれです」
小春も
今日は元気がない。
縁側で丸くなり
尻尾だけをぱたぱた揺らしている。
黒猫は障子の近く。
外を見たまま
ほとんど動かない。
館全体が静かだった。
「鍛錬でもするか?」
祐兵が言う。
だが。
豊久は首を横へ振る。
「今日は槍を振る気にもなれませぬ……」
「珍しいな」
「自分でも驚いております」
雨音だけが響く。
しばらく沈黙。
その時。
ぐぅ……
豊久の腹が鳴った。
祐兵が眉を上げる。
「腹は減るのか」
「それとこれとは別です」
真顔だった。
祐兵が少し笑う。
「なら飯を食え」
「ですが、食欲も半分ほどしか……」
その瞬間。
台所から
焼き魚の香りが漂ってきた。
豊久の鼻がぴくっと動く。
沈黙。
「……八分くらい戻りました」
「早いな」
祐兵が呆れる。
昼餉は
焼いた鯵と味噌汁だった。
温かな湯気。
雨の日の飯は
やはり落ち着く。
豊久も少しずつ元気を取り戻していく。
「……美味い」
「顔色が良くなったな」
「飯は偉大ですぞ」
「単純だ。だが、それが大切だ」
外では
まだ雨が降っている。
庭の紫陽花が濡れていた。
その時。
小春が
ふらりと豊久の膝へ乗る。
「にゃあ」
「おお」
豊久が頭を撫でる。
柔らかな毛。
温かい重み。
「……少し元気が出ました」
「猫は偉大だな」
祐兵が静かに言う。
黒猫も
いつの間にか近くへ来ていた。
囲炉裏の熱で
館の中はほんのり暖かい。
雨音。
湯気。
静かな午後。
何もする気が起きない日もある。
六月とは
そういう季節だった。




