第二百四十七話 六月の通り雨
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
午後。
空は薄曇りだった。
六月特有の
湿った空気が町を包んでいる。
伊東祐兵と島津豊久は
城下の通りを歩いていた。
市場帰りらしい人々が行き交う。
軒先には紫陽花。
青い花弁に
少しずつ水気が宿り始めていた。
「降りそうですな」
豊久が空を見上げる。
灰色の雲が
ゆっくり流れている。
その時。
ぽつ。
頬へ小さな雫。
続いて。
ぽつ、ぽつ、と雨が落ち始めた。
「小雨か」
祐兵が呟く。
雨は細かい。
糸のように静かだった。
石畳が少しずつ濡れていく。
人々も慌てるほどではなく
軒先へ避けたり
笠を広げたりしている。
「六月らしい雨ですな」
豊久が笑う。
小春は
突然の雨に目を見開いていた。
「にゃっ」
前足をぱたぱた振る。
濡れるのが嫌らしい。
豊久が抱き上げた。
「今日はここですぞ」
小春は
不満そうに「にゃあ」と鳴いた。
黒猫はというと——
平然としていた。
塀の上を歩き
雨粒を避けながら移動している。
「器用なものだ」
祐兵が目を細める。
二人は茶屋の軒先へ入った。
雨音が静かに響く。
屋根から
ぽたぽたと雫が落ちていた。
店の老婆が顔を出す。
「おや、雨宿りかい?」
「ああ。すまぬが、少しだけ」
祐兵が答える。
「今、お茶を淹れましょう」
「ありがたい!」
豊久が即答した。
すぐに湯気の立つ茶が運ばれてくる。
ほうじ茶の香ばしい匂い。
雨の日によく合う。
豊久が一口飲み
ほっと息を吐いた。
「生き返りますな……」
「大袈裟だ」
だが祐兵も
どこか穏やかな顔をしていた。
外では
小雨が町を薄く霞ませている。
紫陽花が濡れ
色が一層深く見えた。
その時。
通りを
子どもたちが走っていく。
「降ってきたー!」
笑いながら
わざと雨へ飛び込んでいる。
豊久が笑った。
「元気ですなあ」
「風邪を引くぞ」
祐兵はそう言いながらも
少し口元を緩めていた。
小春は
豊久の腕の中で丸くなっている。
黒猫は軒の端。
外の雨を静かに見つめていた。
やがて。
雨脚が少し弱まる。
雲の切れ間から
薄い光も差し始めていた。
「そろそろ行くか」
祐兵が立ち上がる。
「ええ」
茶屋へ礼を言い
再び町を歩き出す。
濡れた石畳。
雨上がりの匂い。
六月の城下は
しっとりと静かな美しさに包まれていた。




