第二百四十六話 水無月の城下道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼過ぎ。
空には白い雲が浮かび
水無月の日差しが町を照らしていた。
湿った風。
だが時折
涼しい風も吹き抜ける。
伊東祐兵と島津豊久は
飫肥の城下を歩いていた。
昨夜の雨で
石畳は少しだけ濡れている。
軒先には
紫陽花が咲いていた。
青や紫の花が
風に揺れている。
「六月の花ですな」
豊久が立ち止まる。
「綺麗なものだ」
祐兵も目を細めた。
小春は
花の匂いを嗅いでいる。
だが。
くしゃっ。
鼻へ花粉がついた。
「にゃっ」
慌てて前足で顔を擦る。
豊久が吹き出した。
「ははは!」
黒猫は塀の上。
相変わらず落ち着いている。
市場通りへ入ると
活気のある声が響いてきた。
魚屋。
野菜売り。
反物屋。
六月らしく
青梅を並べている店もある。
「おお、梅ですぞ祐兵殿」
豊久が覗き込む。
「梅干し用だな」
「酸っぱいですが、飯に合います」
店の老婆が笑った。
「兄ちゃん、よく分かってるねえ」
豊久が少し得意そうになる。
その時。
どんっ。
小さな男の子が
豊久へぶつかった。
「あっ!」
抱えていた風車が
地面へ散らばる。
「ご、ごめんなさい!」
少年が慌てる。
「気にするな」
豊久がしゃがみ込み
一緒に風車を拾った。
色鮮やかな紙風車。
六月の風で
くるくる回る。
「ほれ」
豊久が一本渡す。
少年の顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう!」
そのまま駆けていく。
小春が
回る風車を目で追っていた。
「気になるのか」
祐兵が笑う。
「にゃあ」
市場の端では
氷を売る声も聞こえた。
木箱から
冷気が漏れている。
「もうそんな季節か」
祐兵が呟く。
「夏が近いですな」
豊久が空を見上げる。
青空の向こうには
大きな入道雲の気配もあった。
そのまま二人は
川沿いの道を歩く。
雨で増えた水が
陽を反射して眩しい。
子どもたちが
浅瀬で魚を追っていた。
笑い声。
水音。
穏やかな城下の日常。
「平和ですな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵が静かに頷いた。
風が吹く。
紫陽花が揺れる。
黒猫は橋の欄干へ飛び乗り
遠くを見ていた。
小春は
蝶を追いかけている。
六月の飫肥は
しっとりとした空気の中にも
確かな賑わいと温かさが満ちていた。




