第二百四十一話 朝露の一太刀
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
空は薄く晴れていた。
夜の湿気がまだ残り
草には朝露が光っている。
鳥の声。
遠くで川の流れる音。
静かな朝だった。
訓練場には
既に島津豊久の姿がある。
木槍を握り
真剣な顔をしていた。
「今日は転ぶなよ」
後ろから
伊東祐兵の声。
豊久が振り返る。
「祐兵殿……」
昨日の失敗続きが
まだ少し悔しいらしい。
「気合いは十分のようだな」
「昨日は散々でしたからな……」
豊久が肩を落とす。
「団子も食べ損ねましたし」
「そこが一番なのか?」
祐兵が呆れる。
小春は
訓練場の端で丸くなっていた。
黒猫は柵の上。
静かに二人を見ている。
豊久が深呼吸した。
朝の空気を吸い込む。
「……よし」
木槍を構える。
足を開く。
重心を落とす。
祐兵が頷いた。
「今日は浮ついていないな」
「昨日で嫌というほど学びました」
「それは良い」
風が吹く。
青葉が揺れる。
「行きますぞ!」
豊久が踏み込む。
鋭い突き。
昨日までの雑さがない。
祐兵は木刀で受け流す。
ぱしっ。
乾いた音。
豊久はすぐ次へ繋げた。
横薙ぎ。
払い。
突き返し。
流れるような連撃。
「……ほう」
祐兵の目が少し細くなる。
「良い」
豊久の動きは
明らかに研ぎ澄まされていた。
失敗続きで
余計な力が抜けたのだ。
「はあっ!」
さらに踏み込む。
速い。
だが——
祐兵は静かだった。
半歩動く。
木刀が流れる。
こん。
豊久の肩へ軽く当たった。
「まだ甘い」
「くっ……!」
だが。
以前のように焦らない。
豊久はすぐ距離を取った。
呼吸を整える。
祐兵が頷く。
「それだ」
「え?」
「無理に攻め急がなくなった」
豊久は少し驚いた顔をした。
「昨日、散々転びましたので」
「転ぶのも修行か」
祐兵が笑う。
豊久もつられて笑った。
その時。
ぴちゃっ。
豊久の足が
小さな水溜まりを踏む。
一瞬、二人の動きが止まる。
沈黙。
豊久が恐る恐る足元を見る。
だが今回は滑らない。
「……よし!」
「随分慎重になったな」
「今日は転びませぬ!」
自信満々だった。
その直後。
ぶんっ。
勢いよく振った木槍が
近くの木の枝に引っかかった。
ばさばさっ。
大量の葉と朝露が
豊久の頭へ落ちる。
ずぶ濡れ。
静寂。
小春が
「にゃっ」と飛び退く。
黒猫はゆっくり目を閉じた。
祐兵が肩を震わせる。
「……まだ駄目か」
豊久は葉っぱだらけの顔で
天を仰いだ。
「何故ですか!」
訓練場に
祐兵の笑い声が響いた。
六月の朝風は
少しだけ涼しかった。




