第二百三十九話 飫肥散歩
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がり。
空は高く晴れていた。
初夏の風が
城下をゆっくり吹き抜けていく。
伊東祐兵と島津豊久は
飫肥の町を歩いていた。
石畳。
白壁。
武家屋敷の塀。
陽射しは柔らかく
歩くにはちょうど良い日だった。
小春は
道端の小石を追いかけている。
ころころと転がる石に、夢中だ。
黒猫は塀の上。
相変わらず静かに
二人の後をついてきていた。
「良い天気ですな」
豊久が大きく伸びをする。
「ああ。散歩日和だ」
祐兵が頷く。
町には穏やかな賑わいがあった。
野菜を売る声。
鍛冶屋の槌音。
遠くでは
子どもたちが駆け回っている。
「おお、祐兵さま!」
団子屋の主人が手を振った。
「今日は焼き立てですよ!」
豊久の目が輝く。
「祐兵殿」
「分かっている」
二人は団子屋へ寄った。
香ばしい匂い。
炭火の煙。
豊久は早速
みたらし団子へかぶりつく。
「美味い!」
「食べ歩きに来たわけではないぞ」
「散歩には必要です」
真顔だった。
祐兵が苦笑する。
小春は
団子の匂いに鼻をひくひくさせている。
「駄目だ」
「にゃあ……」
不満そうだ。
黒猫は団子には興味がないらしい。
塀の上で
雀を眺めていた。
そのまま二人は
城下の外れまで歩く。
川沿いの道。
水が陽を反射している。
風が気持ちいい。
「台風の後とは思えませんな」
豊久が川を覗き込む。
「あれだけ荒れていたのにな」
自然の戻る力。
川はもう静かだった。
その時。
「おや?」
豊久が足を止める。
橋の欄干に
小さな男の子が座っていた。
泣いている。
「どうした」
祐兵が近づく。
少年は目を擦った。
「下駄……が。か、川に落ちた……」
見ると。
片方の下駄が
浅瀬に引っかかっている。
だが少し遠い。
「なるほど」
豊久が腕まくりした。
「待っておれ!」
ざぶっ。
迷いなく川へ入る。
「またか」
祐兵は心配な顔。
豊久は水をかき分け
下駄を拾い上げた。
「取れましたぞ!」
少年の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう!」
「気を付けるのですぞ」
豊久が笑う。
岸へ戻ると
裾が濡れていた。
「お前は毎回水へ入っているな」
「気のせいです」
「気のせいではない」
小春が
濡れた豊久の足袋をくんくん嗅ぐ。
黒猫は橋の上から
静かにそれを見下ろしていた。
夕方。
空が茜色へ変わっていく。
町にも夕餉の煙が上がり始めた。
「歩きましたなあ」
豊久が肩を回す。
「お前は途中で食べてばかりだったが」
「散歩の醍醐味です」
祐兵が少し笑う。
風が吹く。
飫肥の町は
今日も穏やかだった。
二人と二匹は
夕暮れの道をゆっくり歩いていった。




