第二百三十五話 暴風の夜
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼過ぎ。
空の色が変わり始めていた。
重い雲。
湿った風。
木々がざわざわと揺れている。
「妙な空ですな」
島津豊久が
空を見上げた。
伊東祐兵も
眉を寄せる。
「ああ。台風が近い」
遠くで
低い雷鳴が響いた。
城下では
人々が慌ただしく動いている。
店先を片付ける者。
戸板を打ち付ける者。
洗濯物を急いで取り込む者。
風が強くなってきた。
小春は
いつもより落ち着かない。
祐兵の足元をぐるぐる回っている。
黒猫は既に屋内。
柱の陰で
じっと外を見ていた。
「早めに見回っておくか」
祐兵が言う。
「ええ!」
二人は城下を歩いた。
「戸をしっかり閉めるのだぞ」
「川には近づくな」
町人たちも真剣な顔で頷く。
夕刻。
ついに雨が降り始めた。
最初は静かだった。
だが——
次第に。
風が唸る。
雨が叩きつける。
戸が揺れる。
ごうっ、と音が響いた。
「これは凄いですな……」
豊久が外を見る。
木々が大きくしなっていた。
雨粒が横殴りに飛んでいる。
館の中では
灯りが揺れていた。
「火鉢をこちらへ」
祐兵が静かに指示を出す。
「はい」
豊久が運ぶ。
その時。
どんっ!
何かが外で倒れる音。
小春がびくっと跳ねた。
「にゃっ!」
豊久が慌てて抱き上げる。
「大丈夫ですぞ、大丈夫」
小春は
豊久の腕の中へ顔を埋めた。
黒猫は障子の前。
耳を立てている。
風の音を聞いているのだ。
ごうううう……
台風の唸り。
まるで山が鳴いているようだった。
「自然の力は恐ろしいな」
祐兵がぽつりと言う。
豊久も真剣な顔で頷く。
「戦より恐ろしい時があります」
外では
木の枝が飛ばされていた。
雨音が激しい。
館全体が揺れているようにも感じる。
だが。
囲炉裏の火は暖かい。
湯気の立つ味噌汁。
焼いた芋。
豊久が一口食べ
ほっと息を吐く。
「こうしていると、少し安心しますな」
「ああ」
祐兵も湯飲みを持つ。
静かな時間。
外は暴風。
だが中には
穏やかな灯りがある。
小春は
豊久の膝で丸くなっていた。
黒猫も
少しだけ目を細めている。
夜が更ける。
風はなおも唸る。
だが。
二人は交代で見張りを続けた。
城下で困る者が出ぬように。
もし何かあれば
すぐ動けるように。
深夜。
少しだけ風が弱まった。
「……通り過ぎたか」
祐兵が外を見る。
雨脚も落ち着いてきている。
豊久が大きく伸びをした。
「朝には晴れるでしょうか」
「どうだろうな」
その時。
遠くで
鶏の鳴く声がした。
夜明けが近い。
暴風の夜は
静かに終わろうとしていた。




