第二百二十六話 川風の道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
午後。
空には白い雲。
春の陽が川面を照らし
水は穏やかに流れていた。
伊東祐兵と島津豊久は
川辺の道を歩いている。
その後ろを。
小春が軽やかについて来る。
黒猫は少し先を歩き
時折振り返っていた。
川風。
草の匂い。
水音。
静かな午後。
「良い風ですな」
豊久が伸びをする。
「ああ」
祐兵が川を見る。
小春は草むらへ飛び込む。
がさがさ。
何かを追っている。
「また虫ですかな」
豊久が笑う。
次の瞬間。
小春が勢いよく飛び出してくる。
だが何も捕れていない。
「にゃう……」
少し不満そうだ。
黒猫は堤の石へ飛び乗り
それを見ている。
どこか呆れたような顔。
「見事に逃げられましたな」
豊久が言う。
祐兵の口元がわずかに緩む。
「まだ修行が足りぬ」
川辺をさらに歩く。
水は澄み
魚影が見える。
「ヤマメもおりますな」
豊久が身を乗り出す。
「今日は釣り竿を持っておらぬ」
祐兵が静かに返す。
「……戻って取ってきますか?」
「やめておけ」
風が吹く。
草が波のように揺れる。
橋の下。
子供たちが水遊びをしている。
笑い声。
はしゃぐ音。
小春が興味深そうに近づく。
だが。
水際で足を止めた。
「水は苦手ですかな」
豊久がしゃがむ。
黒猫は橋の欄干へ飛び乗り
器用に歩いていく。
子供たちが歓声を上げた。
「おおー!」
「すげえ!」
黒猫は気にも留めず
悠々と歩いている。
「大した度胸だ」
祐兵が言う。
しばらく進む。
川沿いの柳が揺れる。
木陰は涼しい。
二人は石へ腰を下ろす。
小春は豊久の隣へ。
黒猫は祐兵の近くへ丸くなる。
「静かですなあ……」
豊久が空を見上げる。
「ああ」
川音だけが流れる。
穏やかな時間。
小春はうとうとし始める。
黒猫は目を細めたまま動かない。
「お前たちまで休むのか」
祐兵が言う。
豊久が笑う。
「春ですからな」
空を雲が流れる。
風が頬を撫でる。
何も起こらぬ午後。
だが。
それが心を休ませる。
川辺の道を。
二人と二匹は
今日もゆっくり歩いていた。




