第二百二十二話 荷車の坂道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼過ぎ。
空は高く晴れ
春の風が町外れの道を吹き抜けていた。
伊東祐兵と島津豊久は
川沿いの道を歩いている。
草が揺れる。
鳥が鳴く。
穏やかな午後。
「今日は暖かいですな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵も周囲を見渡す。
その時。
前方から声。
「ぬぅ……!」
苦しそうな息。
坂道。
老夫婦が荷車を押していた。
だが。
坂は急。
車輪が泥へ取られ
進めずにいる。
「ばあさん、気をつけろ……!」
老爺が踏ん張る。
老女も懸命に支える。
だが苦しそうだ。
「行きますぞ」
豊久がすぐに駆ける。
祐兵も続く。
「貸せ」
祐兵が荷車の後ろへ回る。
豊久は横へ。
「え、あ、いや……!」
老夫婦が慌てる。
だが。
次の瞬間。
ぐっと荷車が進む。
「おおっ!?」
車輪が泥を抜ける。
坂を上がる。
豊久が笑う。
「これなら楽ですな!」
老爺が目を丸くする。
「す、すまんのう……!」
祐兵は無言で押す。
足は安定し
荷車はぶれない。
やがて。
坂の上。
平らな道へ出る。
「ここまでで良い」
祐兵が手を離す。
老夫婦は何度も頭を下げる。
「助かりました……!」
「本当に……」
豊久が荷車を見る。
中には野菜。
山菜。
少しの薪。
「売りに行かれるのですか?」
「うむ……町までな」
老爺が息を整えながら言う。
「この坂は年々きつくなってのう」
老女が苦笑する。
豊久が笑う。
「では、今日は少し楽できましたな」
老夫婦も笑った。
空気が和らぐ。
「礼をしたいが……」
老爺が言いかける。
だが。
「気になさるな」
祐兵が静かに言う。
「困っている者を助けただけなので」
老女の目が少し潤む。
「優しいお方ですなあ……」
豊久が少し照れる。
「祐兵殿は顔は怖いですが、優しいのです」
「余計なことを言うな」
祐兵が返す。
老夫婦が笑う。
その笑い声は穏やかだった。
再び歩き出す老夫婦。
荷車は軽く進む。
二人はその背を見送る。
春風が吹く。
「良い顔で笑っておりましたな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵も頷く。
何気ない道。
何気ない助け。
だが。
それが誰かの一日を軽くする。
春の坂道。
その穏やかな陽の下で。
二人はまた一つ
小さな善を積み重ねていた。




