第二百十九話 清流のヤマメ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
山あいには薄い霧。
空気は澄み
川音だけが静かに響いている。
伊東祐兵と島津豊久は
釣り竿を手に川へ来ていた。
清流。
透き通る水。
石の間を流れ
陽を受けてきらめく。
「今日は釣れそうですな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は流れを見ている。
「水が良い」
川辺へ下りる。
足場を確かめる。
石は滑る。
慎重に。
「静かに動け」
祐兵が言う。
「魚は影にも敏い」
「はい」
糸を垂らす。
餌が流れに乗る。
自然に。
不自然さなく。
風。
水音。
鳥の声。
静かな時間。
「……来た」
祐兵の声。
竿先がわずかに揺れる。
合わせる。
鋭く。
水面が跳ねる。
銀色。
ヤマメ。
「見事です!」
豊久が声を上げる。
祐兵は静かに魚を取り込む。
「暴れさせるな」
豊久も竿を振る。
少し力が入っている。
糸が大きく揺れる。
「力みすぎだ」
「難しいですな……」
もう一度。
今度はゆっくり。
流れへ馴染ませる。
ぴくり。
反応。
「……!」
豊久が合わせる。
水が跳ねる。
魚影。
「釣れました!」
嬉しそうな声。
ヤマメが陽を反射する。
「悪くない」
祐兵が頷く。
その後も。
数尾。
必要な分だけ釣る。
無駄にはしない。
川辺へ腰を下ろす。
竹筒の水を飲む。
風が涼しい。
「こういう時間は良いですな」
豊久が空を見る。
「ああ」
祐兵も短く答える。
ふと。
水面に影。
大きな魚影が走る。
「今のは大きかったですぞ!」
豊久が立ち上がる。
「慌てるな」
祐兵が言う。
「大物ほど、待つ」
再び静かに構える。
流れを読む。
風を読む。
気配を消す。
そして——
ぐっと竿が引かれる。
「来た!」
豊久が耐える。
強い引き。
川面が荒れる。
「無理に引くな!」
祐兵の声。
豊久が踏みとどまる。
呼吸を整える。
魚の動きに合わせる。
やがて。
水面へ姿を見せる。
大きなヤマメ。
「……やりました!」
豊久が笑う。
祐兵もわずかに目を細める。
「良い魚だ」
春の川。
澄んだ流れ。
穏やかな陽。
二人は静かな時間の中
今日もまた
自然と向き合っていた。




