第二百十六話 夕風の鍛錬
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夕刻。
空は薄く茜に染まり
庭には静かな風が流れていた。
伊東祐兵は
縁側に置かれた木刀を手に取る。
「やりますか」
島津豊久が現れる。
手には木槍。
すでに気配が整っている。
「ああ」
祐兵が立ち上がる。
「軽くだ」
庭へ出る。
土を踏む。
夕風が袖を揺らす。
向かい合う。
無言。
だが空気が張る。
「参る」
豊久が先に動く。
踏み込み。
鋭い突き。
祐兵は半歩ずれる。
木刀で流す。
乾いた音。
「……まだ力が入っている」
祐兵が言う。
「はい」
豊久が息を整える。
再び。
今度は柔らかく。
槍先が揺れる。
探るような動き。
「良い」
祐兵が短く言う。
次の瞬間。
祐兵が踏み込む。
速い。
豊久が反応する。
木槍で受ける。
だが。
祐兵の木刀は止まらぬ。
流れるように角度を変える。
「……っ!」
豊久が体を捻る。
ぎりぎりでかわす。
木刀が肩先で止まる。
静止。
「そこだ」
祐兵が言う。
「受けるだけでは遅れる」
豊久が頷く。
「はい」
距離を取る。
呼吸。
汗が額を流れる。
「もう一度」
「ああ」
再び打ち合う。
木と木。
音が庭へ響く。
激しくはない。
だが。
一つ一つを確かめるような鍛錬。
やがて。
祐兵が木刀を下ろす。
「今日はここまでだ」
豊久も槍を下ろす。
息を吐く。
「良い汗をかきました」
空は夕焼け。
鳥が帰っていく。
「積み重ねですな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵が頷く。
「軽くとも、意味はある」
風が吹く。
火照った身体を冷ます。
二人は縁側へ戻る。
茶を飲む。
静かな時間。
夕暮れの庭。
その中で。
今日もまた
鍛錬の一日が積み重ねられていった。




