第二百十七話 森の静けさ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼過ぎ。
空には薄雲。
陽はやわらかく
風は穏やかだった。
伊東祐兵と島津豊久は
森の中を歩いていた。
木々が高く伸びる。
葉擦れ。
鳥の声。
土の匂い。
町とは違う静けさがある。
「良い風ですな」
豊久が深く息を吸う。
「ああ」
祐兵も周囲を見渡す。
しばらく歩き。
開けた場所へ出る。
大きな岩。
木漏れ日。
草の匂い。
「ここで休むか」
祐兵が言う。
「はい」
二人は腰を下ろす。
風が葉を揺らす。
光が揺れる。
豊久は寝転がった。
「……静かですなあ」
空を見上げる。
枝の隙間から青が見える。
祐兵は岩へ背を預ける。
目を閉じる。
言葉はない。
必要もない。
遠くで鳥が鳴く。
小川の音もかすかに聞こえる。
「こうしていると」
豊久がぽつりと言う。
「山へ狩りに来た頃を思い出します」
「あの頃は、お前が先に突っ込んでいた」
祐兵が静かに言う。
豊久が笑う。
「今もあまり変わっておりませぬ」
「少しは変われ」
風が吹く。
葉が舞う。
小春はいない。
黒猫もいない。
二人だけの静かな森。
豊久が目を閉じる。
「眠くなってきました……」
「寝るな」
「もう遅いです……」
そのまま。
小さく寝息。
祐兵は横目で見る。
呆れたように。
だが。
口元がわずかに緩む。
しばし。
静かな時間。
森はただ穏やかに包み込む。
やがて。
風向きが変わる。
祐兵が空を見る。
「そろそろ戻るぞ」
豊久が目を開ける。
「……寝ておりましたか」
「大いびきだった」
「嘘ですな」
祐兵は微笑みながら、立ち上がる。
土を払う。
森を後にする。
木漏れ日の道を歩く。
ゆっくりと。
何も起きぬ一日。
だが。
それは確かに心を休める。
森の静けさの中で。
二人はまた
穏やかな時を重ねていた。




