第二百六話 春日の往来
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼前。
空は晴れ
春の陽が城下を照らしている。
伊東祐兵と島津豊久は
ゆるやかに町を歩いていた。
通りには活気。
商人の声。
荷を運ぶ人足。
笑う子供たち。
町は今日も動いている。
「賑やかですな」
豊久が辺りを見回す。
「ああ」
祐兵は静かに頷く。
「人の流れが良い」
乾物屋の前を通る。
昆布。
干魚。
香ばしい匂い。
「祐兵殿、あの干物は旨そうですな」
「見るだけにしておけ」
「まだ何も言っておりませぬが」
「顔に書いてある」
豊久が苦笑する。
祐兵の口元も、わずかに緩む。
さらに歩く。
染物屋。
鍛冶屋。
茶屋。
どの店にも人がいる。
鍛冶場から槌音。
カン、カン、と響く。
祐兵が足を止める。
「良い音だ」
「ええ」
豊久も頷く。
「乱れがありませぬ」
職人の腕。
積み重ねた年月。
その音だけで分かる。
再び歩く。
風が抜ける。
通りの端。
小さな飴売りの屋台。
子供たちが群がっている。
「……平和ですな」
豊久がぽつりと言う。
「ああ」
祐兵が答える。
「こういう時ほど、気を引き締めることだ」
「はい」
だが、その声は厳しくない。
穏やか。
町の空気に溶けている。
橋へ出る。
川が陽を反射して光る。
人々が行き交う。
荷車が軋む。
豊久が欄干にもたれる。
「良い風ですな」
「ああ」
祐兵も川を見る。
流れは静か。
しばし無言。
だが気まずさはない。
水音だけが通る。
「さて」
祐兵が言う。
「少し茶でも飲むか」
豊久の顔が明るくなる。
「賛成です」
橋を渡り
二人は再び町へ入る。
春の風。
穏やかな往来。
その中を。
二人は静かに歩き続けた。




