第二百四話 清流のヤマメ
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
空は澄み
光はまだ柔らかい。
伊東祐兵と島津豊久は
川へと向かっていた。
水音が近づく。
岩を打つ流れ。
澄んだ清流。
底まで見える。
「良い川ですな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は頷く。
「ヤマメが居る」
道具を整える。
竿。
糸。
餌。
動きは無駄がない。
「静かに、だ」
祐兵が言う。
「はい」
水際へ。
影を落とさぬように立つ。
流れを読む。
石の影。
緩み。
祐兵が竿を振る。
糸が滑る。
水面に落ちる。
自然に。
しばし。
何も動かぬ。
水音だけ。
「……来た」
わずかな動き。
竿先が揺れる。
祐兵の手が応じる。
引く。
水が跳ねる。
銀の光。
ヤマメ。
「見事です!」
豊久が声を抑えつつ言う。
祐兵は静かに取り込む。
「次は私も」
豊久が構える。
真似る。
慎重に。
糸を落とす。
待つ。
呼吸を整える。
「……!」
引き。
慌てず合わせる。
跳ねる水。
もう一尾。
「釣れました!」
嬉しそうに笑う。
「悪くない」
祐兵が言う。
その後も。
数尾。
無理はしない。
必要な分だけ。
「これで十分ですな」
「うむ」
川辺で火を起こす。
串を打つ。
塩を振る。
焼ける。
香ばしい匂い。
脂が落ちる音。
「……たまりませぬな」
豊久が言う。
「まだだ」
祐兵が止める。
やがて。
焼き上がる。
皮は香ばしく、
身はふっくら。
「いただきます」
二人同時に。
一口。
「……うまい!」
豊久が声を上げる。
祐兵も静かに頷く。
「良い味だ」
川の音。
風。
青い空。
「また来ましょう」
豊久が言う。
「ああ」
道具を片付ける。
火を消す。
跡を残さぬ。
帰り道。
穏やかな足取り。
満ちた気配。
清流の恵み。
それを受け取り。
また日常へ。
静かな時間の中で。
二人は今日も
一日を重ねた。




