第二百話 春野の昼餉
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼。
空は高く、青い。
雲はゆるやかに流れ
風はやわらかい。
伊東祐兵と島津豊久は
城下を離れ、草原へ出ていた。
若草が一面に広がる。
踏むたびに、かすかな音。
「良い場所ですな」
豊久が言う。
「ああ。人も少ない」
祐兵は周囲を見渡す。
静か。
ただ、風と鳥の声。
「では——」
豊久が腰を下ろす。
風呂敷を広げる。
中には握り飯。
それと漬物。
「簡素ですが」
「十分だ」
祐兵も座る。
手に取る。
白い飯。
陽の光を受けている。
「いただきます」
二人同時に。
一口。
噛む。
米の甘み。
素朴。
だが、味は確か。
「……美味い」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵も頷く。
漬物を添える。
塩気。
歯応え。
飯が進む。
風が吹く。
草が揺れる。
音が広がる。
「こうして食べると」
豊久が言う。
「いつもより旨く感じますな」
「場所が違う」
祐兵が答える。
「それだけで変わる」
食べ終える。
手を軽く拭く。
空を見上げる。
「……少し、横になるか」
祐兵が言う。
「賛成です」
豊久は即答。
草の上に寝転ぶ。
空が広い。
雲が流れる。
風が頬を撫でる。
「……静かですな」
豊久が呟く。
「ああ」
短い返事。
まぶたが重くなる。
音は遠く。
意識がゆるむ。
やがて。
寝息。
二人とも。
草が揺れる。
空が流れる。
時がゆっくりと進む。
しばらくして。
風が少し強くなる。
祐兵が目を開ける。
「……寝ていたか」
横を見る。
豊久はまだ眠っている。
穏やかな顔。
祐兵は小さく息を吐く。
「……良い顔だ」
小さく呟く。
やがて豊久も目を覚ます。
「……はっ」
起き上がる。
「寝てしまいました」
「少しな」
空は少し傾き始めている。
「戻るか」
「はい」
立ち上がる。
草を払う。
風呂敷を畳む。
帰り道。
足取りは軽い。
心もまた。
何もない。
だが満ちている。
そんな一日。
春の草原。
その静けさの中で。
二人はまた
確かな時を重ねた。




