第百九十九話 回復の歩み
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
柔らかな光。
空気はまだ冷たいが
どこか澄んでいる。
館の中。
静かな気配。
伊東祐兵は
縁側に座っていた。
顔色は戻りつつある。
だが、まだ本調子ではない。
「……外の空気が良い」
小さく呟く。
「起きておられましたか」
島津豊久が
湯を持って現れる。
「少し、目が覚めてな」
「無理はなさらぬよう」
「分かっている」
しばし。
風が通る。
庭の草が揺れる。
「……少し、歩くか」
祐兵が言う。
豊久の目が上がる。
「大丈夫ですか?」
「軽く、だ」
館を出る。
ゆっくりとした足取り。
普段よりも静か。
「今日は道を選びますぞ」
豊久が言う。
「人の少ない方へ」
「ああ」
裏道へ入る。
人影はまばら。
鳥の声が響く。
歩く。
一歩。
また一歩。
祐兵の歩みは遅い。
だが確か。
「無理はしておりませぬか」
豊久が気遣う。
「問題ない」
短く答える。
だが、その声は柔らかい。
小さな川に出る。
水は澄み、
静かに流れている。
「ここで少し」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は腰を下ろす。
風。
水音。
鳥の声。
何も急ぐものはない。
「……こうしていると」
祐兵が言う。
「身体の内が整う」
「ええ」
豊久が頷く。
「無理に動かぬのも、鍛錬ですな」
祐兵は目を閉じる。
呼吸を整える。
ゆっくり。
深く。
「……悪くない」
小さく言う。
しばし休み。
再び立つ。
「戻るか」
「はい」
帰り道。
足取りは先ほどよりも軽い。
ほんの少し。
だが確かに。
「顔色が良くなりました」
豊久が言う。
「そうか」
「ええ」
嬉しそうに。
館が見える。
小春が門の前にいる。
「ニャア」
「迎えか、ごくろうさま」
豊久が笑う。
祐兵は小さく息を吐く。
「……良い散歩だった」
「また明日も」
「様子を見てな」
無理はしない。
だが、止まりもしない。
その間を歩く。
春の光の中。
二人は静かに
次の一日へと進んでいく。




