第百九十三話 暁の鍛錬
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
暁。
空はまだ淡く
東の端がわずかに明るみ始めている。
庭には朝露。
ひんやりとした空気が
身を引き締める。
伊東祐兵は
すでに立っていた。
手にあるのは、木刀。
静かに構えている。
その背に、無駄はない。
「お早いですな」
島津豊久が現れる。
手には木槍。
息を整えている。
「早くに目が覚めた」
祐兵は短く答える。
「では、お相手願えますか」
「ああ」
間合いを取る。
朝の静けさの中。
音はない。
ただ
気配だけが張り詰める。
豊久が動く。
踏み込み。
鋭い突き。
祐兵は半歩退き
木刀で受け流す。
「……」
言葉はない。
再び間。
豊久は呼吸を整え
次の動きを探る。
「来い」
祐兵の声。
豊久は低く構え
間合いを詰める。
突き――からの変化。
動きを途中で変え
間を探る。
祐兵の目が
わずかに動く。
「良い」
その瞬間。
祐兵が踏み込む。
速い。
豊久は反応し
木槍で受ける。
木と木が打ち合い
乾いた音が響く。
「まだ遅い」
祐兵の声。
一歩。
さらに詰める。
豊久は後ろへ退く。
だが、その足が止まる。
「……っ」
木刀が
喉元で止まる。
静止。
朝の光が
その先に差す。
「参りました」
豊久が息を吐く。
祐兵は木刀を引く。
「考えて、動いておるのだな」
「ですが、届きませぬ」
「届かせるのだ」
祐兵は静かに言う。
「間と、機を読む」
豊久は深く頷く。
「はい」
一度、距離を取る。
再び構える。
小春は庭の端で丸くなり
黒猫は塀の上から見下ろす。
「もう一度」
豊久が言う。
「ああ」
再び、気配が張りつめる。
春の朝。
静かな空気の中で
動と静が交わる。
一瞬、一瞬。
それが積み重なる。
やがて来る時のために。
二人は言葉少なく
ただ打ち合い続けた。




