第百九十二話 香ばしき一椀
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
空は淡く明るみ
囲炉裏の火は静かに熾きている。
室の中には
ほのかな魚の香り。
伊東祐兵は
昨夜の残りを前にしていた。
「祐兵殿、それは……」
島津豊久が覗き込む。
皿の上には
焼いたメバルの皮。
「無駄にはせぬ」
祐兵はそう言い
皮を取り分ける。
串に刺し
火にかざす。
じわりと、脂が浮く。
「……良い音ですな」
豊久が目を細める。
皮が軽く弾け
香ばしい匂いが広がる。
「焦がし過ぎるな」
祐兵は火加減を見極める。
やがて
程よく炙られた皮。
それを細かく刻み
茶碗へ。
温かな飯の上に乗せる。
「なるほど」
豊久が頷く。
「これに湯を」
祐兵は静かに湯を注ぐ。
ふわりと立ちのぼる香り。
昨夜とは違う
やさしく深い匂い。
「いただきます」
豊久がまず一口。
「……これは」
顔がほころぶ。
「香ばしさが広がります」
祐兵も静かに口へ。
「皮の脂が、良い」
湯と飯に溶け
やわらかく、味がまとまる。
「こうしていただくと
また違う味になりますな」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は頷く。
「身だけでは終わらせぬ」
小春は香りに惹かれて近寄り
黒猫は少し距離を置いて見ている。
「祐兵殿」
「何だ」
「昨夜から続く楽しみですな」
祐兵はわずかに笑う。
「恵みは、使い切る」
外では
鳥の声。
春の朝。
静かな一椀が
身体に染み渡る。
「……良い朝でございます」
豊久が言う。
「うむ」
祐兵は短く応じる。
火は穏やかに残り
湯気はやわらかく立つ。
昨日の海の恵みは
形を変えて今にある。
春の朝餉。
静かに
確かに満ちていた。




