第百八十九話 薪割り
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
庭には
昨夜の冷えをわずかに残した空気。
積まれた薪が
陽を受けて淡く乾いている。
伊東祐兵は
斧を手に取った。
「今日は、薪を整える」
「承知いたしました」
島津豊久が
袖をまくる。
丸太が据えられる。
祐兵は足を定め
静かに構える。
「力ではない」
一言。
斧が振り下ろされる。
――乾いた音。
木は真っ直ぐに割れた。
「……見事ですな」
豊久が目を細める。
「筋を見ろ」
祐兵は次の一本を据える。
「木にも流れがある」
再び、振る。
同じく
無駄なく割れる。
「やってみよ」
「はい」
豊久が前に出る。
斧を握り
構える。
「……」
振り下ろす。
――鈍い音。
木は割れぬ。
「うむ……」
「力が前に出ている」
祐兵が言う。
「振るうのではなく、落とす」
「落とす……」
豊久は息を整える。
もう一度。
今度は、力を抜き
軌道を意識する。
振り下ろす。
――割れる。
「おお……!」
豊久の顔が明るくなる。
「その感覚だ」
祐兵は頷く。
次々に薪を割っていく。
音が庭に響く。
乾いた
規則正しい音。
小春は少し離れて見守り
黒猫は積まれた薪の上で丸くなる。
「こうしていると
鍛錬にもなりますな」
豊久が言う。
「ああ、日々の中にある」
祐兵は淡々と割り続ける。
やがて
薪の山が整っていく。
「これでしばらくは持つ」
祐兵が斧を置く。
豊久も息を吐く。
「良い汗をかきました」
風が吹く。
春の匂い。
「祐兵殿」
「何だ」
「薪も、ただの木ではありませぬな」
祐兵は割られた木を見る。
「火となり、温もりとなり
人の暮らしを支える」
「そうですな」
豊久は深く頷く。
二人はしばし
整えられた薪を眺める。
何気ない作業。
だが
確かな手応え。
春の朝。
斧の音は消え
静けさが戻る。
その中に
小さな充実が残っていた。




