第百八十八話 木刀の理
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
昼下がり。
町外れの道。
騒ぎが起きていた。
「離せと言っているだろうが!」
荒い声。
取り押さえられているのは
ひとりの男。
粗末な身なり
鋭い目つき。
盗みを働いたうえ
口汚く言い返している。
周囲には
困惑した町人たち。
その中へ――
伊東祐兵と
島津豊久が歩み入る。
「何事だ」
祐兵の声は低い。
町人が駆け寄る。
「この者、店から物を盗み
挙げ句に逆らいまして」
豊久が男を見る。
「見苦しい振る舞いですな」
男は鼻で笑う。
「うるせぇ、偉そうな侍が!
金や女で贅沢してんだろうが!」
男が暴れ出し、止めようとした町人の顔を殴る。
「へへっ、弱えなぁ」
祐兵は無言。
ただ
そばに置かれていた木刀を手に取る。
「……まだ言うか」
一歩、近づく。
男は睨み返す。
「やれるもんなら――」
言い終える前。
乾いた音が響く。
――打つ。
肩口。
「ぐっ……!」
間を置かず
もう一打。
脚。
男は崩れる。
「口は達者でも
身は伴っておらぬ」
祐兵の声は静か。
男は呻き
なおも何か言おうとする。
だが――
三打目。
木刀が軽く振り下ろされる。
その動きは速く
無駄がない。
「……っ」
声が止まる。
沈黙。
祐兵は木刀を下ろす。
「これ以上は要らぬ」
豊久が頷く。
「十分でございます」
男は地に伏し
もはや逆らう気力もない。
町人たちが
安堵の息をつく。
「ありがとうございます……」
祐兵は軽く手を上げる。
「役目だ」
豊久が男を見下ろす。
「次はないと思え」
男はうなだれる。
もはや言葉はない。
木刀は
静かに元の場所へ戻される。
「祐兵殿」
「何だ」
「見事なものでした」
祐兵は歩き出す。
「力は、使いどころを誤るな」
「はい」
町に、静けさが戻る。
風が吹く。
先ほどの騒ぎが
嘘のように。
二人は何事もなかったかのように
歩みを進める。
ただ
必要なことを為しただけ。
それが
彼らの在り方であった。




