日律帝國最後の反抗29
mitotayo
9月。何もする気が起きない異変は解決することもなく暑さに悪態をつく毎日。とうとうやる気を奮い立たせて執筆することにしました。作家の端くれでありながらなんと自分勝手な人間かと自覚はしているものの、何故か何もする気が起きない。これがマンネリ化というやつか(絶対違う)。
〈三十三話 慣熟飛行〉
「なんだこれは……」
操縦桿を強く握りながら僕はそう呟いた。
──機動力がまるで違う……!
新型戦闘機の「ガーディルタイガー」の慣熟飛行を始めて3日目、最初は慣れない機体を思うように操縦するので手一杯だったけど、慣れてみると案外操縦しやすい。
──堕天使のような機動力不足とはもうおさらばだ!
思い通りに操縦できるようになってきた為か、ガーディルタイガーの特徴や挙動のクセ、旋回性能や機銃の精度などが見えてきた。
──プロペラは4枚翅でエンジン出力は2000馬力、僕から見て時計回りに回転している。出力向上によって推進力も上がっているがその分反トルクも大きい。左に流される速さは堕天使よりもずっと速いな……。
そう考えながら操縦桿を引いて上昇を始める。
──防弾板等で機体重量が増えているからか上昇スピードはイマイチ……。
しばらくして高度計がさっきよりも1500メートル高い2500メートルを指したのを確認してから、反転して急降下に転じる。
──速度計も340ノットまで行ってる。水平飛行では318ノットだったことを考えると速度の乗りも良い。
1200メートル降下したところで機首を引き上げ、母艦のエンタープラネットが居る方角に旋回する。
──さっきよりも旋回速度が目に見えて速い……。堕天使と同じく速度が乗るほど旋回が速くなるのか。
ふと速度計に目線を移すと310ノットを指している。それを見て僕は思わず顔をしかめた。
「えっ……。速度の保持力悪過ぎないか?」
「さっきは随分とお楽しみだったようですね」
「え?あ、まぁ……」
母艦に着艦して数十分後、食堂へ向かう廊下で前から歩いてきた茶髪の女性に突然話しかけられた。
「えと、どちら様でしょうか?」
「えっ……?あぁ申し遅れました。私はグレイヴァー航空機製造社の開発部に所属している者で、セリーナ・ケイフォードと申します」
妙に仰々しい喋り方だと思いながら、深くお辞儀をする彼女を眺める。
「あの……、私の顔に何か付いていますか?」
気づけば彼女は既に顔を上げていて、怪訝そうな顔で僕にそう問いかけてくる。
「あ、いえ。気にしないでください。ええっと……ケイフォード……さん?」
「セリーナ、で構いませんよ」
セリーナさんはそう言ってふふっと小さく笑った。
「では……セ、セリーナさん。えと、どのようなご要件で?」
「あぁ、忘れるところでした」
セリーナさんはコホンと咳払いをしてから言葉を続けた。
「ガーディルタイガーに搭乗してから既に3日ほど経過していますよね?」
「えーっと……、そうですね」
「ガーディルタイガーの操縦にも慣れてくる頃合いですし、直接感想や意見を収集しておこうかと思いまして」
「なるほど……」
確かに実際に操縦するパイロットの意見は重要だろう。だけど……。
「……それをなぜ僕に?」
「マーベライト少佐いわく、この空母で一番腕の良いパイロットはアウグレット中尉だそうなので……」
セリーナさんはにっこりと笑ってそう答えた。
──こりゃ押し付けられたな……。
僕はため息をひとつ吐いてから口を開く。
「僕以外にも腕の良いパイロットは居ますし、他の方をあたったほうが良いですよ」
こういった面倒そうなことは嫌いだから、僕はあえて素っ気なく返事をした。するとセリーナさんは一瞬きょとんとした顔を見せた後、またにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。他の方には他の開発部の連中が聞きに行っていますから」
──くそっ、逃げ道も塞がれてるか……。
「……分かりましたよ。質問にお答えしましょう」
僕は特大のため息をわざと吐いてみたが、セリーナさんはそれがまるで見えていないかのように満面の笑みを浮かべた。
「では、まずガーディルタイガーに乗った感想を聞かせてください」
「えと……、近いです」
僕が向かっていた食堂で話をさせて貰う事になったのは良いものの、セリーナさんはあろうことか僕の隣に座って更に僕の方へ身体を寄せてきている。
「近い……?感想が”近い”なんですか?」
「違います。貴女の距離が近いんです……」
セリーナさんはハッとした顔で慌てて身体を引いた。
「あら、ごめんなさい。私、集中すると前のめりになる癖があるんですよぉ」
そう言って恥ずかしそうに笑うセリーナさん。そして何故か周りからの視線が痛い……。
「で、感想ですか……。まず、エンゼルタイガーよりかは機動性が高くなってますね」
「ふむ」
「低・中速域では大して変わっていないのに、高速域で急激に旋回速度が速くなる。恐らくそれは純粋な速度性能の向上が絡んでいるんだと思います。後は武装の強化ですかね。13ミリ機関銃が6門、弾数が合計で2400発もある。弾数と門数が増えたのはとても大きい」
「エンゼルタイガーの15ミリ機関銃よりも口径が小さくなっているのにですか?」
セリーナさんは不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「ええ。相手が重装甲なら口径は大きい方が良い。ですが艦上戦闘機と戦う場合、特に日帝の戦闘機や攻撃機は軽装甲の機体が多いので口径よりも門数と弾数が欲しいんです」
「なるほど……」
セリーナさんはおもむろに手帳と鉛筆を取り出し、何かを書き込み始めた。
「では次にガーディルタイガーの飛行中の挙動について感じたことをお願いします」
「挙動……。エンジン出力が向上した分、反トルクが大きくなっていますね。プロペラが3枚翅から4枚翅に変わっているのも要因のひとつかもしれませんが、何よりも左に流れようとする力がエンゼルタイガーよりも強くなっています」
「それは単発機の設計上仕方がないのですが……。パイロットからすれば負担に感じますか?」
「……そうですね。慣れれば問題ないですけど、それまでが少し……」
セリーナさんは真剣な顔つきでなにか考え込んでいる。
「……良ければガーディルタイガーの欠点と改善点、パイロットの視点から詳しく教えて頂けませんか?」
1時間ほど経っただろうか、セリーナさんは満足の行く回答が得られたようで上機嫌な様子で立ち上がった。
「いやぁ、参考になりましたよ。わざわざありがとうございました」
「あ、いえ。その……こちらこそありがとうございました」
自分でも恥ずかしいほどしどろもどろに返答する僕を見て、セリーナさんは少し考える素振りをしてから僕の耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
「顔、見すぎですよ。私の顔好みなんですか?」
セリーナさんはそう言って意地悪っぽく笑った。
「では、また何処かで」
そう言って食堂の出口へと歩いていくセリーナさん。
「あぁ……どうも」
僕は別れの挨拶すらまともに口から出なかった。女性経験が余りにも少ない僕にとって、余りにも刺激が強い時間だった。
〈セリーナ・ケイフォードについて〉
グレイヴァー航空機製造社の開発部、航空機研究課に所属している27歳の女性。茶髪のロングヘアーにアイスブルーの瞳を持ち、アウグレット曰く”色々大きかった”らしい。セリーナの両親がブリタン帝国出身で、幼少期はブリタンで育ったからか、レイブン語が少し訛っている。
本人が自覚しているかどうかは不明だが、とにかく人との距離が近い。初対面でも超フレンドリーで、ドリス・マーベライト曰く”あれはもう恐ろしい程に距離が近い。心臓に悪い”だそうだ。
ちなみに、レイブン語とブリタン語はほぼ同じ言語でレイブン人とブリタン人が自国の言葉で会話しても難なく通じるが、レイブン人が自国の言語をブリタン語と一緒にされるのを滅茶苦茶嫌がるので違う言語として扱っている。(諸説あり)




