日律帝國最後の反抗25
mitotayo
迷走に迷走を重ね、それを修正する為に時間を費やし、カレンダーを見てみれば高校最後の大会が間近に迫っている。何だか時間が立つのがとても早く感じるようになりました……。
〈二十九話 悲しみの余韻〉
午後5時を回り、太陽も赤い夕焼けを作り始めてきた頃、俺と綾香は昨夜世話になった蒲島飛行場の格納庫に来ていた。
「この放射状に取り付けられてるシリンダーがエンジンの命だ。磨きやすい前7つのシリンダーはともかく、後部のシリンダーは入念に磨かないと燃焼不足で出力が落ちたりするから気をつけな」
俺は整備員の説明を手帳に書き込む。自分の思う最高の飛行をするためには自分の機体をよく知ることが重要だ。自分で機体の整備ができると一番理想に近い飛行ができると何処かで聞いたような気もするから、聞き逃さないように手と頭を動かし続ける。
「三三式の稜型エンジンは空冷式だから細かい整備は特に必要ない」
整備員は分解された稜型エンジンの“カウルフラップ”と呼ばれる部品を手にとって言った。このカウルフラップを開閉して空気の排出量を調整することで冷却の度合いも調整できるという仕組みらしい。
「何より重要なのは潤滑油の液漏れだ。稜型は構造が複雑でな、各バルブの周辺は完全な密閉ができず液漏れが発生する。そこをちゃんと把握した上で、潤滑油を補充して、バルブ周りを磨くように」
エンジンはデリケートだからややこしいな、と整備員は無精髭に埋もれかけた口角をニヤリと上げた。
「どうやったらそんなに熱中できるの……?」
綾香はいかにも理解できないといった顔で俺にそう言ってきた。
「男っていう生き物は大体こういう機械に興味を持つようにできてるんだよ」
分解された稜型エンジンを組み立て直している整備員が答えた。
「海軍の若いエース君ならよく分かるだろう?」
「うーん……、否定はしないけど……」
俺が生き残るためだ、という言葉は口には出さずに飲み込んだ。綾香はともかく、この整備員の男がどう思うか想像がつかなかったからだ。
──いい心がけだと感じるか、腰抜けと感じるか……。
考えても無駄だとその思考は放棄した。いつの間にか完全に分解する前に戻った稜型エンジンは空と同じ淡い赤色の光を反射していた。
用事を終えた俺は綾香と共に蒲島飛行場を後にした。そのまま病院に戻るその足は変わらず重いままだ。
「……結局、お父さんと由美子ちゃんはまだ病室にいるみたいだね」
綾香はポツリと呟いた。
「由美子ちゃん、大丈夫かな……」
綾香のその独り言に、俺は反応した。
「俺には……、由美子ちゃんの気持ちは何処か共感できる気がするよ」
俺の言葉に綾香は不思議そうに首を傾げた。
「それは……、武くんのご両親のことで?」
綾香の言葉に俺は静かに頷いた。俺はその過去を未だに引きずって生きている。
「由美子ちゃんの気持ちを理解した気になるのは駄目なんだけど、俺にはどうも昔の自分を見ているみたいでね……」
綾香は深く考え込んだ後、睫毛を伏せる。
「私も……お母さんが死んじゃった時、武くんと同じこと思ってたのかもしれない。けど……」
「けど?」
「結局、それは武くんがその時の気持ちを教えてくれないと本当に同じ気持ちだったのか分からない」
「ああ……」
「由美子ちゃんの気持ちも本人が表に出さない限り分からないもんね……」
綾香は少し悲しそうな顔をした。
「私は由美子ちゃんにどう声をかければ良いのかな……」
「……そうだな」
俺は少し考えた。帝都空襲で父親の消息が分からなくなった時に、あの古い小さな家で母親を看取った時に、俺は周りの人にどんな言葉をかけて欲しいと思っていたのか。
「……いや、何も言わないほうが良い」
「え……?」
「俺は……少なくとも俺は、ひとりになりたいと思った」
「…………」
「自分の気持ちに整理がつくまで、ひとりになりたかった。……無論、俺の両親が死んだときにはもう俺はひとりだったけどね」
俺の言葉に綾香は余計悲しそうな顔をした。
「……まぁ、武くんはひとりじゃないけどね」
綾香は少し怒りのこもった声でそう言った。
「ん?……あぁ、そうだな」
俺は綾香のその言葉がどういう意図で発せられたのか理解できなかったから、曖昧な返事しか返せなかった。
「……きっと、由美子ちゃんは言葉なんかよりももっと欲しいものがあるはずさ」
俺は、半ば推測で言葉を紡いだ。
「……お母さん」
私は何をやっているんだろう。
「…………」
こんなことをしてもお母さんは目を覚ましてくれないというのに。
「…………」
病室の中はとても静かだ。この静けさが、お母さんが死んだという事実を私に突きつけてくる。
──あなたは何があっても寿命いっぱいまで生きなさい。それが叶えば、私は幸せです。
お母さんが伝言を頼まれたというあのお医者さんが言った言葉がずっと頭の中で繰り返されている。私ももう小学生だからその言葉の意味くらい分かってる。
「……でも」
──お母さんがいなくなったこの世界で、私は生きていけるのかな。
自然とため息が漏れる。そのため息すら大きく聞こえるこの静けさに押しつぶされてしまいそうになる。
「由美子ちゃん、入って良いかな?」
コンコンと扉を叩く音と共に綾香おねえちゃんの声がした。
「えと……、うん」
ひとりになりたいけど、早くこの静けさの重い圧力から解放されたいとも思った。開かれた扉から綾香おねえちゃんがひょっこりと顔を出す。
「そうそう、私のお父さんがどこにいるか知ってる?」
「えー……わかんない」
私がそう答えると綾香おねえちゃんは一度扉の外に顔を向けて誰かと短く会話する。廊下の足音が遠ざかっていくと、綾香おねえちゃんが部屋に入ってきた。
「ちょっとお話しようよ」
綾香おねえちゃんはそう言って笑いかけてくれた。
──あぁ、私はまだひとりなんかじゃないんだ。
私はそこでようやく気付いた。ひとりじゃないって分かっただけでなんだか安心しちゃった。
「もう我慢しなくっても良いんだよ?」
綾香おねえちゃんのその言葉で、ようやく私の視界が涙で揺らぎ始めた。
「綾香、入るよ」
俺はそう言って病室の扉を開けた。
「あ、武くん」
綾香は俺の顔を見て優しく笑った。
「由美子ちゃん、泣き疲れて寝ちゃったみたい」
綾香の言う通り、由美子ちゃんは綾香の腕の中で寝息を立てていた。
「まるで安心したような寝顔だね」
「うん。何だか私まで安心しちゃったよ」
綾香の笑顔を見て、俺はふうっと一息ついて口を開いた。
「和重さんは海軍省の庁舎に帰ったみたい」
「そっか」
綾香はそれだけ言って窓から見える夕焼けが残る藍色の空を眺めている。
「由美子ちゃん、どうするって?」
綾香が窓の外を見ながらそう言った。
「引き取るって言ってたよ」
「そっか……」
綾香は俺のほうを向いてまた微笑んだ。
「私達の家、騒がしくなりそうだね」
「……あぁ、そうだな」
俺も少し笑ってそう答えた。
〈三三式艦戦について〉
三三式艦戦は皇暦2514年に一一式艦戦を航空母艦での運用を可能にするために機体に改良を加えた機種である。一一式艦戦と同じ空冷式の稜型発動機を搭載しており、1060馬力の出力を有しているが、列強各国の戦闘機が搭載しているエンジンと比べると確実にパワー不足だ。そこで設計陣はそのパワー不足を補うために狂気的なまでの軽量化を行い、圧倒的な運動性能と長大な航続距離を得ることに成功した。
しかし依然としてレイブン皇国の生産力には到底及ばない日律帝國は、その三三式艦戦の機体に二十四粍機関砲2門と十三粍機関銃2門を搭載させることで量ではなく質で対抗する手段を取る。これはレイブン海軍主力の「エンゼルタイガー」の主武装が15ミリ機関銃4門であることを考えるといかに高火力であることかが分かる。かくして三三式艦戦は攻撃力特化、防御力皆無の実に扱いづらい戦闘機となったのである。




