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日律帝国最後の反抗  作者: mitotayo
誰が為の戦争か
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日律帝國最後の反抗24

mitotayo(みとたよ)

 最近でもないですけど物価が高いですね。ウクライナやイランの情勢についてのニュースをよく見かけますけど、戦争が生活にどういう影響を与えるのかというのを身をもって知らされる毎日です。

〈二十八話 生きねば〉

 7月31日正午、8月に差し掛かる夏の空は昨夜とはまた違った煩さに包まれていた。

 「蝉が帰ってきたみたいだな」

 蒲島飛行場の門をくぐった所で俺は呟いた。

 「昨日は全く鳴いてなかったのにねえ」

 隣を歩く綾香も不思議そうな顔をしている。

 ──野生の勘、みたいなものが蝉にもあるんだろうか。不思議なものだ……。

 そう考えながら和重さんと由美子ちゃんの背中について行く。由美子ちゃんは元気そうに振る舞っているが、やはり何処かぎこちない風に感じる。

 「沙都子さん、生きてると良いな……」

 綾香がポツリと呟いた。

 「こればっかりは行ってみない事には分からないからな……」

 「何かね、私も沙都子さんは亡くなってるんじゃないかなって思うよ」

 由美子ちゃんには申し訳ないけどね、と言った綾香の顔はとても不安げだった。

 「綾香がそう思ってるぐらいだ。きっと由美子ちゃんはもっと苦しいだろうな………」

 前を歩く2人が3階建ての建物に入っていった。軍病院というのはここらしい。噂には聞いていたが軍所属の病院なだけあってかなり大きい。俺と綾香も2人の後を追って建物に入った。

 「っ……!」

 入った瞬間思わず顔をしかめてしまう程の異臭が俺を襲った。周りを見渡せば病室に収容しきれなかったのであろう患者が十数名、壁にもたれて座っていた。その全員が体のあちこちに火傷を負っている。

 「ひ、ひどい……」

 綾香はかなり動揺しているらしく俺と繋いでいる手からでも分かるくらい体が震えていた。

 「綾香、目を瞑って」

 「え……?」

 「綾香は見ないほうが良い」

 「うん……」

 綾香は俺の言うことを素直に聞いてくれた。きっと反抗したり悪態をついたりする精神的な余裕はないのだろう。

 「俺の手、離すなよ」

 そう言って俺は綾香を引っ張る。俺も本当は目を瞑ってこの惨状から逃げ出したいが、こうなったのも俺の責任だからしっかり目に焼き付けなければいけない。

 「俺のせいって思うのはどうしようもない、よな……」

 綾香にも聞こえないように静かに呟いて、階段を上がっていった和重さんと由美子ちゃんについて行く。由美子ちゃんもあの光景は怖いのだろう、下を向いて和重さんの手をしっかり握っている。

 階段を登り、2階の廊下に出た所で和重さんの足が止まった。由美子ちゃんに何か言葉をかけてから扉を開けようと手を掛ける。その手は何となく震えているような気がした。2人が病室に入っていくのを見て俺と綾香もついて行く。足が鉛のように重いが気の所為だと思うことにした。


 午後3時頃、俺と綾香は病院の隣にある蒲島飛行場に足を運んでいた。俺達に纏わりつく空気は重く、午前中のような明るいものでは無かった。

「あんな光景ずっと見てたら夢に出てきそうだな……」

 火傷だったり、瓦礫が体に刺さっていたり、体の部位が欠損していたり、病院から出る時にも患者達の様子が嫌でも目に入ってしまった。

 「本当よ、まったく……」

 綾香はかなり顔色を悪くしていた。どうやらあの地獄を見てしまったらしい。

 「俺、目を瞑ってろって言わなかったか?」

 いつの間に目を開けていたのかは分からないが、綾香の顔色から察するにがっつり直視していたのだろう。

 「入る時は目を瞑ってたけどさ、やっぱり目の前の現実から逃げるのは違うかなって思ったの。だから出る時は目を開けてたんだ」

 和重さんが言っていた通り、綾香は強い人間なんだなって思う。けれどこの嫌な重さを持つ空気はそれとはまた違う所から来ていた。

 「由美子ちゃん、大丈夫かな」

 綾香は病院の方を振り返って心配そうな顔でそう言った。

 ──由美子ちゃんと綾香の予想は当たっていた。

 この事実が俺達の気分を重く沈ませている。俺は軍人だから人の死にはもう慣れきっているからまだ良い。けれど綾香も由美子ちゃんも身近な人の死を簡単に乗り越えられるとは思えない。

 「俺達に今出来ることは由美子ちゃんをお母さんと2人きりにしてあげることぐらいしかない。後は由美子ちゃんが立ち上がるのを待つだけ、だな」

 俺の言葉に綾香は静かに頷いた。蝉の鳴き声だけが響き渡る雲ひとつない青空は、日が少し傾こうとしていた。


 ──沙都子……。

 俺にとって海軍総参謀長の森下和重というのは仮面だ。表の顔、と言ったほうが正しいだろうか。その仮面を外して気楽に話せる相手というのは本当に貴重であり、その貴重な話し相手の1人を今俺は失った。

 ──おじさん、ごめんなさい。ちょっとお母さんと2人にさせてほしいの……。

 数十分前に由美子ちゃんの口から発せられた声が頭の中で響く。俺にとっても大きい存在なんだから、由美子ちゃんが感じている絶望は俺でも計り知れない。

 「お嬢ちゃんは中に居るのかい?」

 不意に声を掛けられて少し驚いたが声の主を見て俺はため息をついた。

 「叔父さん……」

 ここの病院で働いている医者の中で一番腕のいい医者と評判の俺の叔父。本人曰く若い時はかの技術大国のドミルに医学を学びに行ったこともある、らしい。今年で70歳になる筈だが腕は衰えていないようだ。

 「……すまん」

 叔父さんがそこまで落ち込んでいる顔を見るのは初めてだった。

 「いや、叔父さんでも救うことが難しい患者がいるってのは分かってる。仕方がないとしか……」

 「面目ない……」

 叔父さんは相当滅入っているらしい。

 「わしはお嬢さんに何と言葉をかければ良いのだろうか……」

 「謝罪とかは余計悲しくさせるだけだし、気休めでも良いから慰めてやるのが良いんじゃないかな」

 俺の言葉に叔父さんはうんうんと大きく頷いた。

 「分かった……」

 叔父さんは覚悟を決めたようだ。

 「実はな、あの女性から伝言、というか遺言を預かっていてな。彼女を助けられなかったわしがお嬢さんに伝えるのもおかしい話かもしれんが…」

 自嘲気味に言いつつ、叔父さんは病室に入って行った。俺はその背中をただ見送ることしか出来なかった。

 森下和重の叔父、森下昭信(もりしたあきのぶ)は皇暦2515年で70歳。長年の経験を活かした的確な診察と治療で蒲島周辺では名医として有名となっています。本人は自分の経歴に誇りを持っており自慢話も多く、昔の話は周囲からは半信半疑と思われていますが、医者としての腕は十分あるので彼の自慢話は本当なのかもしれない……。

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