第20-2話 戦場の支配者
愁の刃が一閃し、〈理縛の呪鎖〉の無数の鎖を断ち切っていく。
その切っ先が鎖へ触れるたびに、紫黒い障気が解き放たれ、周囲に拡散すると同時に鎖が次々と消えていった。リルアを縛る理そのものを断ち切る、その光景はまるで神が定めた運命に抗うかのようだった。
「なぜだ!即死の邪眼の力を受けて生きているだと!?お前、いったい何者だ!」
エルボスの絶叫が響く。その声には、愁への恐れと苛立ちが混じっていた。
愁はその言葉に応えることなく、ただ力いっぱいに剣を振るいきる。その刃は見事に最後の鎖を断ち切り、リルアを完全に〈理縛の呪鎖〉から解放した。
解放されたリルアの小さな身体が力なく倒れこむ。
愁はそのまま彼女を抱き止め、震える彼女の顔を見つめた。リルアの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、震える声で問いかける。
「どうして……?どうしておにーちゃんを殺そうとした私なんかを助けてくれるの?」
その言葉に込められた悲しみと戸惑いに、愁の胸は締め付けられる。それでも彼は穏やかな表情を浮かべ、優しく答えた。
「君は操られていただけだ。それに……これは俺のやるべきことなんだ」
「やるべきこと……?」
「ああ。この世界で、君や亜人族のように虐げられる人々が平和に暮らせる国を作る。それが今の俺のやるべきこと、いや、やり遂げたいことなんだ」
その言葉に込められた真摯な想いに、リルアは涙を堪えきれず泣き崩れた。
その姿を見守る愁は、手持ちのポーションを取り出し、彼女の口元に運ぶ。右足の傷口は塞がり、出血は止まったものの、失った部分は戻らない。だが、それでも彼女の生命を繋ぎ止めるには十分だった。
その時、障気を裂いて飛び込んできたのはスフィアだった。
狼耳を揺らしながら駆け寄る彼女の瞳には、不安と安堵が入り混じった色が浮かんでいた。
「主様っ!無事か?」
「ああ、心配かけてごめんね。いきなりで申し訳ないけど、この子を頼んでも良いかな?俺は決着をつけてくるから」
庭園に漂う障気が薄れていく。空気はひんやりと冷たく、松明の炎が淡い光で朽ちた石畳を照らしていた。
愁はリルアをスフィアにそっと託し、深く息を吸い込む。そして再び立ち上がると、静かに前を見据えた。
その視線の先に立つのはエルボス。杖を握るその姿は不気味なほど静かで、呟く声だけが風の音に紛れて響いている。
「さあ、終わらせよう」
愁の低く落ち着いた声が、暗闇に響いた。その瞳には揺るぎない覚悟が宿り、一歩、また一歩とエルボスとの距離を詰めていく。彼の背筋はピンと伸び、まるでその場を支配するかのような威圧感を放っていた。
エルボスは薄く笑みを浮かべ、愁を値踏みするように目を細める。
「驚いたよ、君は本当に強いみたいだね。まさか即死の能力が効かないなんて」
「お前と何かを語らう気はない。すぐに終わらせてやるから覚悟しておけ」
その声には怒りが含まれていたが、それ以上に冷静な決意が込められていた。
エルボスは首をすくめ、楽しげに肩をすくめる。
「やれやれ、気が早いな君は。その人形を助けたところで僕の優位性は変わらない。それに、あの人形は君には救えないよ。心が壊れているからね、分かるかい?」
「黙れ」
愁の言葉は短いが、その声には鋭い刃のような威圧感があった。
それでもエルボスは臆することなく、さらに続ける。
「その人形は僕が殺して放置していた親と妹の死体を、僕の魔法によって生きてると思わされて、ずっと腐っていく死体に一人で笑いながら話しかけていたんだ。気持ち悪いったらなかったね。それに死んでいることに気付いた時なんて、僕が砕いてやった死体を大事そうに集めて抱き締めていたんだ。もう救えないよ。あんなに気持ち悪いものを見たのは初め……」
「黙れと言っているだろ!」
愁の怒号が夜空に響く。その瞬間、彼の体から黄金色の光が溢れ出した。眩い光が松明の明かりを飲み込み、庭園全体を輝かせる。その光が収まると、愁の右手には一振りの刀が握られていた。
その刀は『雷切』──雷を司る魔剣である。
高貴さと力強さを両立したその装飾、そして柄や鞘に至るまで施された細やかな細工は、この刀がただの武器ではないことを物語っていた。
エルボスはその姿を見て鼻で笑う。
「この期に及んで剣だと?笑わせてくれるな。刃が届く前に僕の魔法で討ち滅ぼしてあげるよ。〈ルストルフェイル・アンガリスト〉、射抜け氷の槍よ!」
エルボスの呪文に応じて、彼の背後に無数の氷の槍が形成されていく。その数は百本、いや二百本に及ぶ。全てが鋭く、冷気を帯びたその槍は、砲弾の如く一斉に愁に向かって放たれた。
だが、その槍は愁に届くことはなかった。彼の前に到達する寸前で、全てが砕け散っていく。一本残らず、まるで見えない結界に阻まれたかのように。
それは『雷切』のパッシブスキル──雷の加護によるものだった。一定以下のダメージを無効化し、雷の力で攻撃を弾き返すその能力は、愁の周囲に絶対的な防壁を築いていた。
エルボスの顔から余裕の色が消える。
「なんだなんだ!君を守るその力はなんだ!ならば、〈メトリクトラ・ニシトラスア〉、吹き飛び爆殺せよ!」
エルボスの叫びと共に、愁を中心とした大爆発が起こる。地面は揺れ、爆風が砂煙を巻き上げ、松明の火は全て吹き消された。闇が庭園を覆い尽くす。
だが、砂煙が晴れたとき、その場に立つ愁の姿が現れる。爆発の威力を示すかのように地面には巨大なクレーターができていたが、愁の居る場所だけを避けるかの様に不自然な形で地面を抉っている。クレーターができるほどの威力の爆発でさえ、『雷切』の雷の加護により弾かれたのだ。
愁の周りに雷の電撃が弾けるように走る。その姿は、まるで雷神そのものだった。
「神滅絶刀、雷切。スキル解放──〈三千大千世界〉」
その言葉と共に、『雷切』と愁の周囲に出現している電撃が輝きを増す。
そして、愁は抜刀術の構えを見せる。ゆっくりと『雷切』の刃が僅かに鞘から覗くと、その瞬間、空気が震え、雷光が迸った。
『雷切』のスキルは『オートマチックアタック』であり、その能力は超神速の抜刀術だ。『WORLD CREATOR』で最速を誇る抜刀術のスキルであり、その抜刀術を見切り、あまつさえ避けきるのはほぼ不可能とされている。
「やめろ、来るな!僕にはやることがあるんだ!こんなところで!」
恐怖に震えるエルボスの前で、愁の姿が一瞬にして消える。その速さは人の目には捉えられず、ただ音と雷光がその軌跡を描くだけだった。
そして次の瞬間、エルボスの首筋に刃が届いたかに見えた──
だが、その刃を阻むものがあった。青紫色に輝く光の剣だ。
その剣を握るのは、赤い髪を持つ男だった。額には横に走る傷跡があり、ぼろぼろの灰色のローブが風に揺れていた。愁にとって見覚えのある光の剣は、かつてユアが使っていたピンク色の光の剣に酷似しているが、その剣を扱う男の姿にはまったく見覚えがない。
「よぉ、エルボス。久しぶりだな!なんだ?あんなガキ相手に苦戦か?」
男は受け止めた『雷切』の刃を自らの青紫色の光の剣で力任せに押し退ける。はじき返すように乱暴にだ。
愁はそのまま後方に飛ばされるが、何とか体勢を整えて静かに着地し、いきなり現れたその男を〈鑑定の魔眼〉で見る。
「ブレスト様!申し訳ありません。少々遅れをとりました」
ブレストと呼ばれた男のステータスを確認した愁は驚愕した。
この世界で今まで出会った人族の中でも、圧倒的とも言えるような強さを示す情報がそこに記されていたからだ。
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