第8-2話 ガバレント奪還作戦 前編②
戦場の空気が歪み、狂気と殺意が渦巻く異界へと変貌する。
(召喚されたアンデッドの質が桁違いだな……特にあのドラゴン、危険すぎる)
愁は〈鑑定の魔眼〉を使用し、異様な存在感を放つアンデッドドラゴンに視線を向けた。
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ネーム:ハルザドルド
レベル:95
種族:竜王
ジョブ:殺戮の竜王
スキル: 魔法完全耐性 物理耐性強化
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(魔法完全耐性か……やっかいだな)
ハルザドルドはただのアンデッドドラゴンではない。竜王という種族だけでも十分な脅威だが、魔法を一切受け付けない能力を持つという事実が愁にとって最大の障害となる。
本来、愁は生産職の『クラフター』であり、直接戦闘には向かない。そのため、鍛え上げたクラフトスキルを駆使し、初級魔法を込めて行使することが可能な魔石や魔剣を用いた戦闘スタイルを取っている。
だが、魔石が無効ならば、魔剣や聖剣に頼るしかない。しかし、それらは使用回数に制限があるため、長期戦になればなるほど不利だった。
(ハルザドルドだけならまだしも、ネルフェ、それにあの首なしの天使もいる……この状況は、かなり厳しいな)
「なんとかやってみます!ライトさん、リリー!自分の身を最優先に守りながら、人型アンデッドの相手をお願いします!」
内心の焦りを悟られないようにライトとリリーニャへ指示を出し、愁はハルザドルドへ向かおうとした──その時。小さな手が愁の腕を掴んだ。
「愁くん……絶対に死んじゃ駄目だからね?ちゃんと戻ってきてね?」
リリーニャが真剣な瞳でこちらを見つめていた。
「うん。大丈夫。約束するよ」
愁は優しく微笑みながら、小指を差し出す。リリーニャは不思議そうに首を傾げた。この世界では『指切り』での約束という概念がないからだ。
「これは俺の故郷での約束の儀式みたいなものなんだ。これで約束は結ばれたよ。嘘ついたら針を千本飲まないといけない約束」
「は、針を千本も……!うん、分かった!それなら絶対に守ってくれそう!リリーも ライトと二人で頑張るね!」
互いの小指を結び、愁は決意を新たにハルザドルドへと向かう。
(まずは様子を見るか……)
愁は即座にクラフトの能力で炎の力を宿す魔剣『レーヴァテイン』を作成した──が、その瞬間。ハルザドルドの巨大な爪が空を裂き、愁へと迫る。
(速い……!)
巨体に似合わぬ驚異的な速度。愁は〈縮地〉で後方へ跳ぼうとしたが──それよりも早く、鋭利な爪が空間を切り裂いた。
「──ッ!」
咄嗟に〈守護者の聖域〉を展開する。しかし、ハルザドルドの一撃は結界ごと愁を吹き飛ばし、十数メートル先の建物へと叩きつける。
「ぐっ……がぁっ……!」
激痛が全身を駆け巡る。口内に広がる鉄錆びた味──血だ。
視界が滲むが、倒れている暇はない。愁は素早く空間を裂くようにしてエンドレスボックスを開き、ポーションを取り出し、一気に喉へ流し込んだ。
(……なるほど、まともに食らうとこんなもんか。二度と食らいたくないな)
痛みに耐えながら、愁は立ち上がる。
「あのドラゴン、思った以上に速いな……なら」
愁は〈縮地〉を連続発動し、ジグザグに動きながらハルザドルドへ肉薄していく。
上下、左右、斜め──あらゆる角度から接近を試みることで、ハルザドルドの反応を遅らせる。そして愁は一気に上空へと舞い上がった。
「──これで、終わりだ」
落下と同時に、魔剣『レーヴァテイン』のスキルを解放する。
「レーヴァテイン、スキル開放──〈焦土の絶叫〉!これで……どうだっ!」
轟音と共に爆炎が奔流となり、ハルザドルドを包み込んだ。
空を焦がす紅蓮の獄炎がその巨体を呑み込み、灼熱の嵐が巻き起こり、同時に獣のような咆哮が戦場に響き渡る。肉の焼ける匂いと共に、ハルザドルドの体表が赤熱し、膨大な熱量に皮膚が裂け、焦げ、黒煙が立ち昇る。
その隙を逃さず、愁は宵闇の漆黒の刀を抜刀した。
刃が閃き、まるで夜の闇を切り裂くような宵闇の軌跡が、ハルザドルドの太い首を横一文字に薙ぎ払った。
瞬間、時間が止まったかのような静寂が訪れ、巨体がゆっくりと崩れ落ちる。切断面からは黒い血が噴き出し、震えるように痙攣しながら、ハルザドルドは地面に沈んでいった。
断末魔の叫びと共に、巨大な竜の生命が終焉を迎える。
愁は軽やかに着地し、その姿を慎重に見つめた。
(……死亡表記。これで、確実に終わったな)
『WORLD CREATOR』のシステム上では、ステータスに『死亡表記』が出た以上、通常の手段では蘇生ができない──そのはずだった。
愁は宵闇を収め、燃え盛る戦場を背にネルフェと天使のアンデッドがいる方へゆっくりと歩みを進める。
「……次は、ネルフェと天使のアンデッドか」
だが、その時。突如、前方から奇妙な音が響いた。まるで、言葉にもならない異形の呪詛のような甲高い奇声だ。
愁が声の方へ視線を向けると、ネルフェの側に控えていた天使のアンデッドが白い翼を大きく拡げ、何と発音しているのかすらわからない奇声を放っていた。
それはまるで、何かの術を発動するための詠唱のように不気味で、愁は警戒を強める。
翼を大きく拡げ、不可解な奇声を発しながら、天使のアンデッドは詠唱を続ける。
すると、天使のアンデッドから白い光の波動のようなものが放出され、その波動はハルザドルドへ向かっていく。そして、その光がハルザドルドの死体を包み込む。
──次の瞬間。
見る見るうちに、ハルザドルドの切断された首が繋がり、焼き尽くされたはずの肉体が修復されていく。
ほんの数秒でアンデッドとしての元の姿を取り戻したハルザドルドは、荒ぶる咆哮を上げ、何事もなかったかのように起き上がり、愁を恨めしそうに鋭く睨みつけた。
「……うっそだろ!それは反則だろ、あの首なし野郎!」
衝撃的な光景に、愁は即座に〈鑑定の魔眼〉を発動し、天使のアンデッドを確認する。
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ネーム:アリユス
レベル:93
種族:天使
ジョブ:堕天使
スキル: 癒しの奇跡 聖域結界
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(くそっ……先に確認しておくべきだった)
今さら後悔しても遅い。先に倒すべき相手はハルザドルドではなく、天使のアンデッド──アリユスの方だったのだ。
しかし、今からアリユスを狙うのは不可能だった。目の前にはルザドルドが立ちはだかる。迂闊に視線を逸らせば、今度こそ致命傷を負うだろう。
愁は素早く後方へ跳躍し、周囲の状況を確認する。
「……これはまずいな」
ライトとリリーニャの姿が遠目に見えるが、彼らも大量のアンデッドと交戦中で助力は期待できない。
愁は奥歯を噛みしめる。
(ハルザドルドを倒す方法自体はある……だけど、あの隙のない動きの前では発動に時間がかかりすぎる)
その時だった。
「なんだ……っ!?」
──鋭い殺気が届いたが、わずかに反応が遅れる。
愁は反射的に咄嗟に身を捻り、振り下ろされる斬撃を紙一重で回避する。しかし、鋭い刃が首筋をかすめ、血が一筋滴る。
「ひゅー!今の避けんの?」
軽薄な声音が戦場に響く。
そこにいたのは、二刀の剣を手にした男だった。
黒衣を纏い、ニヤニヤと笑いながら、剣についた愁の血を舌で舐める。その仕草に愁の脳裏にある名前が浮かぶ。
(こいつ……ライトさんが言ってた第六死団長のフレディールか)
話に聞いた特徴と一致する。一般の盗賊とは違う存在感もそうだが、二刀流の剣術、そしてその不気味な笑み。
愁は目を細め、即座にフレディールに対して〈鑑定の魔眼〉を発動した。
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ネーム:フレディール
レベル:92
種族:人族
ジョブ:暗殺者
スキル: 隠密
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(やはりこいつがフレディールか。まずいな……この状況で別の死団長まで相手にしなきゃならないのか)
愁の背筋を冷たい汗が伝う。焦燥が心を蝕む中、荒れ果てた戦場に立つ自分の姿が、まるで死地に追い詰められた孤狼のように思えた。
四方を覆う炎の渦が、不吉に揺らめく。燃え崩れる建物の残骸が轟音を立て、空には黒煙が幾重にも重なり合う。その混沌の只中に、二つの異形が佇んでいた。
一体、どうすればこの地獄のような状況を突破できるのか。目の前の敵はあまりにも多く、あまりにも強大だった。
(……だが、ここで引く選択肢はないな)
愁は深く息を吐き、宵闇を構え直した。戦場の炎が黒い刃に映り込み、わずかに鈍く光を放つ。その瞬間、目の前の敵が動いた。
フレディールの動きは音もなく、影のように滑らかだった。
(こいつも高レベルだな。スキルは単体だけど、隠密のスキルは厄介だ。さっきの一撃、気付くのが遅れたのは、このスキルのせいか)
考える暇さえ与えられない。次の瞬間には、ハルザドルドの咆哮が戦場を揺るがし、漆黒の炎が愁を呑み込まんと奔る。
「くそっ!」
愁は〈縮地〉を発動し、寸でのところでその猛炎を回避する。しかし、避けた先にはフレディールの姿があった。
(避ける方向を読まれていた──!)
愁が地を蹴るより早く、剣閃が迫る。宵闇を抜刀し、その攻撃を捌くが、力の差は歴然だった。衝撃が腕に響き、体勢が崩れそうになる。
さらに、背後から獣じみた唸り声。ハルザドルドの爪が空を裂き、愁へと振り下ろされる。寸前で〈縮地〉を発動し、再び攻撃を回避するが──
「──ッ!」
またもや回避した先にフレディールが待ち構えていた。悪夢のような連携。しかも今回は体勢が悪く、確実に避けることができない、そう判断せざるを得ない状況へと追い込まれていた。
(やばい……!よけきれない!)
冷たい刃が肉を裂く寸前──
──ガキンッ!
甲高い金属音が響いた。二振りの剣がフレディールの攻撃を阻み、その場に火花が散る。
何が起きたのか、その状況を把握するよりも早く、生まれた隙を活かして愁は瞬時に間合いを取る。敵の間に挟まれぬよう動き、そこで息を整えるのと同時に、背後に感じる頼もしい気配に向かって声をかけた。
「……スフィア!」
愁の窮地を救ったのは、血のように赤く染まった刀身のコピスを持つスフィアだった。両手に構えたコピスが、微かに揺れる炎を映して煌めく。獣のような鋭い視線が、フレディールを真っ直ぐに射抜いていた。
「どうしてここに?」
「どうしてじゃないぞ!主様!こんな危険なところに一人で行くなんて、何かあったらどうするつもりなのだ?」
背中合わせに立つ彼女の声には、珍しく怒気が含まれていた。普段の彼女からは想像もつかないほどの苛立ちが、その口調から滲み出ている。
「一応ライトさんとリリーニャもいるんだけど……」
言い訳じみた言葉を発した瞬間、背中にコピスの柄が軽く当たる。
「そういうことを言ってるんじゃない!どうして我を頼らないのかと言っているのだ!我では足手まといということなのか?」
スフィアの怒りは本気だった。愁としては、彼女を危険に巻き込みたくないという意図だったが、スフィアからすれば、それは信頼されていないことと同義だったのだろう。
「ごめん。悪かったよ、スフィア。正直、さっきはすごく助かった。後でちゃんと謝らせてくれ。でも今は協力してほしい」
「ふん!最初からそう言えばいいのだ。こんなにボロボロになって……後で色々としてもらうからな!」
何を要求されるか分かったものではないが、今回は愁が悪い。先のことは後で考えるとして、今は目の前の敵を片付けるのが最優先だった。
スフィアが加わったことで、戦況はわずかに傾いた。
(これで、あの方法を試すことができる──)
愁は宵闇を構え直し、深く息を吸い込んだ。スフィアもコピスを握り直し、視線を鋭くする。
「よし。それじゃあ『第二ラウンド』開始だ!」
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