第9-1話 ガバレント奪還作戦 中編①
首のない天使のアンデッドであるアリユスと、死霊術師である第一死団長ネルフェは、戦場の片隅でじっと様子を窺っている。
しかし、新たに参戦した第六死団長フレディールはまるで獲物を狙う狩人のように、愁とスフィアの隙を逃さず攻め立てていた。
二刀の細剣を自在に操るその剣技は、まるで絡みつく蛇のように厄介だ。躱せば追い、受ければ絡みつく。しかも、その腕は紛れもなく一流。
愁がかつて王都で対峙した暗殺者サリストよりも、さらに格上であることは明白だった。
さらに、もう一つの脅威が戦場に君臨する──竜王のアンデッド、ハルザドルド。
生前は竜の頂点に立っていた存在。今やアンデッドとして蘇り、その圧倒的な威圧感とともに戦場を睥睨している。
死してなお衰えることのないその力は計り知れず、ハルザドルドを相手にしながらフレディールを捌くのは、さすがの愁でも骨が折れる状況だった。
だが、その膠着状態を破るべく、スフィアが戦場に躍り出る。
背中合わせに立つ二人。愁はハルザドルドを、スフィアはフレディールを睨みつける。
「スフィア、このままじゃ埒が明かない。それに、このまま戦い続ければ消耗戦になりかねない。だから、この町にいるアンデッドごと、すべて消し去るつもりだ。そのためには時間が必要になる。ドラゴンの動きは俺が止める。スフィアはあの暗殺者を頼む」
「了解だ、主様!我に任せてくれ!」
スフィアの瞳が鋭く光る。普段は呑気で自由奔放な彼女だが、その奥には、誰よりも仲間を想う真っ直ぐな心がある。
愁はそんなスフィアを、心から信用していた。
「よし──行くぞ!」
二人は同時に地を蹴った。その瞬間、フレディールが動く。
まるで狩りの時間が来たかのように、愁たちの動きを捉え、鋭い笑みを浮かべながらスフィアに襲いかかった。
ギンッ──!
鋼と鋼が激突し、火花が散る。スフィアの剣と、フレディールの細剣が絡み合い、互いの刃が火を噴く。
「なんだお前は?ニヤニヤして気持ち悪いな」
「いや、悪いな。俺は戦うのが好きなんだよ。特に──実力のある相手との戦いはな!」
言葉の合間にも、フレディールの剣は一瞬の隙すら逃さず襲いかかる。
その一閃がスフィアの首筋をかすめ、細い血の筋が浮かぶ。しかし、スフィアは一歩も引かず、すぐさま反撃に転じた。
地を蹴り、体を低く沈めると、片手を地面につき、カポエイラのように流れる動作で鋭い回し蹴りを繰り出す。
「おっと!」
フレディールはギリギリでかわしながら、薄ら笑いを浮かべる。
「へぇ、なかなか面白い動きするじゃねえか。でもな、そんなに足癖が悪いと──スカートの中が見えちまうぜ?」
「我は別に剣士ではない!主様から様々な体術も習っているからな!……それと、もしスカートの中が見えたら教えろ。その時は殺してやる!」
スフィアは笑みを見せるも、その瞳には冷徹な闘志が宿っていた。
彼女は理解していた。純粋な剣技ではフレディールには敵わないことを。しかし、体術を織り交ぜた変則的な戦いなら、対等に渡り合える──いや、勝機すら見出せると踏んでいた。
戦いは拮抗したまま続くが、スフィアの目的は別にあった。
──愁からフレディールを引き剥がすこと。
その目的は、すでに果たされている。あとはこの状態を維持することが重要だ。
一方、愁とハルザドルドの戦場。
巨体に似合わぬ速度で動くハルザドルド。その動きはあまりにも速く、愁は防戦を強いられていた。鋭い爪が空を裂き、振り下ろされる尾撃は地を抉る。
(ちっ……こいつ、回復される前より強いんじゃないのか?)
さらに厄介なことに、アリユスがその背後で密かに魔法を紡いでいる姿が見える。
愁の直感が告げる──ハルザドルドは回復されるたびに、さらに強くなっていると。
(アイツの隠れた能力なのか?だが今は、それを探る余裕がないな……)
愁は深く息を吸い込み、肺に溜めた空気をゆっくりと吐き出した。
目の前の脅威──ハルザドルド。その巨大な影が、燃え盛る炎の中で揺らめいている。
時間を稼ぐだけなら、ただ戦えばいい。だが、愁には『決着をつける』という使命がある。そのためには、確実に準備を進めなければならなかった。
遠くではライトとリリーニャが戦っている。その気配がひしひしと伝わってくるが、今はそれに気を取られるわけにはいかない。
(焦るな……焦ったら負ける。冷静に、確実に──)
宵闇を強く握りしめる。黒き刃が闇を吸い込み、妖しく輝く。それと同時に、空気が震え、静かなる戦慄が辺りに広がった。
「こんな姿、ミーシャに見られたら説教されそうだな……」
荒れ果てた街中に乾いた風が吹き抜ける。
愁の脳裏に浮かぶのは、かつての仲間たちの面影。その中でも、彼の戦いを常に見守り、時に厳しくも温かい言葉をかけてくれたミーシャの声が、今もなお鮮明に甦る。
──『焦るのはしょうがないけれど、闇雲に動けばどうなるかわかるでしょう?』
彼女の叱るような、それでいて優しい声が耳の奥に響いた。
(うん。ミーシャなら呆れた顔しながら言いそうだ)
愁は拳を強く握りしめる。
焦燥に飲み込まれそうになる自分を叱咤するように、一度深く息を吐き、目の前の現実へと意識を戻した。
巨大な影がゆらりと動く。眼前にそびえるのは、獰猛なる竜──ハルザドルド。その鋭い爪が閃くたび、空気が裂かれ、土煙が舞い上がる。黒曜石のように硬質な鱗は、いかなる魔法の干渉も受け付けない。
愁の攻撃が届くには、この猛攻の隙を突かなければならなかった。
だが、愁は知っている。ハルザドルドは、強靭な肉体と驚異的な速度を兼ね備えた敵であるにもかかわらず、一度たりとも魔法を使っていない。
──〈魔法完全耐性〉。
それが影響しているのか、あるいはそもそも魔法を扱えない種なのか。
ドラゴンとは本来、膨大な魔力を持ち、強靭な肉体と鋭い知性を併せ持つ種族だ。少なくとも、『WORLD CREATOR』ではそうだった。そして、愁の大切な仲間のひとりであった竜王ヴルムヴィードも、まさにその象徴となるような存在だったのだ。
(もしヴルムヴィードがこの場にいたなら、何て言うかな)
愁の脳裏に、かつての仲間たちの姿がよぎる。
ともに笑い、戦い、時に励まし合いながら歩んできた日々。その全てが、今となっては手の届かない過去となった。
──寂しい。声を聞きたい。助けてほしい。
心の奥底から湧き上がるその感情に、愁は目を閉じる。彼らはもうここにはいない。頼ることなど、できはしない。
──ならば、せめて。
彼らに笑われぬよう、胸を張れる自分でありたい。どんなに過酷な戦場でも、どれだけ孤独を感じようとも、愁の心には仲間たちがいる。そして今は、スフィアがいる。村で待つ新たな仲間たちがいる。『八乙女 愁』という存在を信じ、慕い、共に歩もうとする者たちがいる。
ならば、背を向ける理由など、どこにもない。愁は宵闇を強く握り直し、静かに瞳を開いた。
「──行くぞ」
覚悟を胸に、愁は前へと踏み出す。仲間たちの誇りを、その背に宿して。
「……もう迷わない。見てろよ、世界!ここからが『本番』だ!」
愁の眼差しが鋭さを増す。〈気配探知〉を発動し、範囲を先頭範囲に絞り、ハルザドルドの動きに全力で集中する。
巨体ゆえの鈍重さはないが、その巨大な身体は目立つ。見切ることさえできれば、対処は可能だ。
猛攻を避けつつ、愁は魔石のクラフトを開始する。
攻撃系の魔法は通用しないが、〈守護者の聖域〉ならば〈魔法完全耐性〉でも即座に打ち消されないことは確認済みだ。ならば、それを利用するまで。
素早く、確実に。ハルザドルドの猛攻をかわしながら魔石を三十個、クラフトする。
「よし……これで準備完了だ」
愁は一旦ハルザドルドから距離を取り、エンドレスボックスの中から一つの武器を取り出す。
黒光りする無骨なフォルムの銃。
それはかつて『WORLD CREATOR』で最高硬度の金属を用い、自ら設計し作り出した特注品だった。その制作にはヴルムヴィードが協力してくれた。彼との思い出と共に、確かな実績を刻んだ武器。
その銃身には複雑な魔術回路が組み込まれ、放たれる魔石弾の威力を『最大限』まで引き上げる。愁は素早くマガジンを作成し、十五発ずつ装填した。
だが、その刹那──ハルザドルドが猛然と迫る。巨躯が地を揺るがしながら突進してくる。
「ほら、どうだ!」
引き金を引くと、轟音と共に弾丸が炸裂した。
魔石弾は一直線に飛び、ハルザドルドの分厚い鱗を貫く。その瞬間、巨体が僅かに仰け反った。
「……効いたな」
確かな手応え。だが、それだけでは終わらない。
ハルザドルドは咆哮を上げ、さらなる猛攻を仕掛けてきた。愁は瞬時に体勢を整え、再び銃を構える。鋭く目を細め、敵の動きを見極める。
「さて。ここからが本当の勝負だな」
目的は銃での攻撃ではない。
愁は集中し、怒り狂いながら襲いかかってくるハルザドルドに向けて何度も発砲する。銃弾は次々と着弾し、鱗の隙間に魔石弾が埋め込まれていった。
しかし、一瞬の隙を突かれた。
ハルザドルドの鋭い爪が横薙ぎに振るわれ、愁の身体を豪快に吹き飛ばした。視界が激しく回転し、背中が地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
肺の空気が一瞬で抜けたが、すぐさまポーションを取り出して飲み干す。冷たい液体が喉を駆け抜け、傷ついた身体が瞬時に回復していく。
愁は立ち上がると、怯むことなく再び銃を構え、攻撃を続けた。
(マジで銃の練習をしておいてよかった……!)
放った合計三十発の弾丸──すべてハルザドルドの身体に埋め込むことに成功した愁は安堵と共に息を整える。
「……準備完了だ」
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