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クラフトマスター建国記〜転生により不治の病を克服した少年は異世界で『至高の国』を再建する〜  作者: ウィースキィ
第一部 第二章 新たなる世界 【第一次帝国編】

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第5話 愁とリリーニャ


 ライトとリリーニャとの出会いから数日後。


 星が瞬く夜空の下、愁はラリアガルド帝国の帝都シュトンベルドへ向けて飛んでいた。冷たく澄んだ空気が肌を刺し、月光が静かに大地を照らしている。


 遠くに見えていた街の灯りが次第に近づき、愁はゆっくりと高度を下げる。帝都の壮麗な城壁が月明かりに浮かび上がり、その威厳を感じさせる。


「んー?もう着くのか……」


 思ったより早く到着したことに、愁は少し驚いた。拠点にしている村から帝都シュトンベルドまではそれなりの距離があると踏んで、早めに村を出たのだが、想定よりもずっと早く目的地に到着してしまった。


(いつもなら手前の林で降りて歩いて向かうところだけど……まあ、夜だし問題ないだろう)


 帝都の門の近くで密かに着地すると、愁は軽く息を吐き、目立たぬように影に紛れながら検問を抜ける。深夜のため、警備の目も幾分か緩んでいる。


「早く着きすぎたなぁ。まあいいけど」


 夜の帝都は静寂に包まれ、路地には暖かな灯火がぽつぽつと揺らめいていた。酔いどれの年配の男性が数人、酒場の前で陽気に語り合い、遠くでは若いカップルが寄り添いながら夜道を歩いている。


(せっかくだし、少し街のことを聞いてみるか)


 愁は比較的話しかけやすそうな年配の女性に目を留めると、足を止めた。


「すいませーん。少しお話いいですか?」


「ん?なんだい?道に迷ったのかい?」


 年配の女性は心配そうに愁の顔を覗き込んできた。その優しげな眼差しに、愁は思わず微笑む。


「いえ、迷子ではありません。旅をしていまして、この国のことを少し伺いたくて…… 初めて来たものですから」


「ああ、そういうことかい。そうだねぇ、ラリアガルド帝国は平和な国さ。王国じゃ奴隷なんかもいるらしいが、ここにはいないからね。兵士もしっかりしているし、治安も良い。それに皇帝陛下は立派な方でねぇ。身分よりも能力を評価してくださるんだよ。あたしの息子も今じゃ分隊長さ」


「そうなんですか!おめでとうございます。身分よりも能力……素晴らしい考え方ですね」


「そうだろう?それで──」


 女性は嬉しそうに話し始めた。愁は頷きながら耳を傾ける。話を聞くうちに、ラリアガルド帝国の実態が浮かび上がってきた。


 ──帝国の皇帝の力は『絶対』である。


 今から十年ほど前、この大陸を揺るがした戦争があった。ラリアガルド帝国は数々の小国を武力で征服し、その版図を広げた。そして、その立役者こそ現皇帝・ノヴァン二世だった。


 彼は皇帝でありながら、自ら戦場に立ち、剣を振るい、兵を鼓舞し続けた。泥と血に塗れながらも、その瞳は決して曇ることなく、戦うことでしか国を守れない現実を受け止め、突き進んだ。


 その勇姿に兵士たちは奮い立ち、彼のもとで戦うことを誇りに思った。そうして帝国は幾度もの勝利を収め、ついには大陸三大国の一つへと躍進したのだ。


 だが、ノヴァン二世は単なる武力国家の支配者ではなかった。彼は征服した国々の民を決して虐げることなく、彼らを『帝国の民』として迎え入れた。


 さらに、帝国内にも根深く残っていた亜人族の奴隷制度を廃止し、彼らに人としての尊厳を与えた。その政策は国民の支持を集め、今や彼を悪く言う者はほとんどいない。


 このような強き皇帝が治める国であるがゆえに、帝国には好戦的な者が多い。


 歴史を振り返れば、時代ごとの英雄の多くがラリアガルド帝国出身であり、その名は大陸中に響き渡っている。


 そして、冒険者ギルドにおいても帝国のギルドは群を抜いて強者が集う場所となり、最高等級である金の冒険者が数多く存在していた。


 そんな帝国の街の片隅で──


「──それでね。息子が軍で……」


 夜の静寂を破るように、年配の女性の話し声が続く。愁は適当に相槌を打ちながら、ちらりと夜空を見上げた。帝都の空は澄んでおり、星々がまばゆく輝いている。


 ──そのとき、不意に聞き覚えのある、元気な声が響いた。


「あー!愁くんだっ!こんなところで何してるの~?」


 振り向くと、そこにはリリーニャがいた。


 彼女は満面の笑みを浮かべ、軽やかに駆け寄ってくる。そして、何の迷いもなく愁の腕にしがみついた。


「捕まえたーっ! へへ、久しぶり~!」


「リリー!久しぶりだね。俺は少し早く着いちゃったから街を散策してたところだよ。リリーこそ、こんな夜にどうしたんだい?」


「えへへ、ライトに内緒でパトロールしてたの!だから言っちゃ駄目だよ?」


 しーっと人差し指を立てるリリーニャ。先ほどまでの無邪気な仕草とは裏腹に、彼女は盗賊相手に強力な魔法を放つほどの実力者なのだ。それでも今の彼女は、年相応の少女そのものだった。


 二人のやり取りを見ていた年配の女性が微笑みながら椅子から立ち上がる。


「あらあら、お迎えが来たようだね。邪魔しちゃ悪いから、あたしはお暇するよ」


「色々とお話を聞かせていただき、ありがとうございました。帰り道には気を付けてくださいね」


「こちらこそ、楽しかったよ。 二人で仲良くね」


「はーい!さよーならー!」


 リリーニャが元気よく手を振ると、女性も優しく手を振り返し、そのまま夜の街へと消えていった。


「ライトさんに内緒にするのはいいけど、あんまり一人で夜に出歩くのは危険だよ?今日は俺が送っていくから、これからはほどほどにしなね?」


「はーい!わかったー!」


「ところで、どこかにおすすめの宿とかないかな?場所を教えてもらいたかったんだけど」


「宿ぉー?うーん、リリー、そういうのはあんまりわからないなぁ……。あっ!そうだ!愁くん、リリーの家に来たらいいんじゃないかな?ライト、今日はお仕事でいないからリリー寂しかったんだ!」


「え? ライトさん、今日は仕事で居ないの?明日約束してたんだけど、大丈夫なのかな?」


「リリーも明日、街のギルドで待ち合わせしてるよ?」


「あ、そういうことか。なるほど……。んー、どうしようかな」


 どうやら、愁とライトの約束はリリーニャとの待ち合わせとも重なっていたらしい。宿代が浮くのはありがたいが、ライトの許可もなしに泊まるのは少し気が引ける。


「ちなみにライトさんに確認とかって取れるのかな?」


「確認なんて大丈夫だよ?もともと明日は家に泊まってもらうって言ってたし、それが一日早くなるだけだもん!だから家においでよ!はい!決定~!」


 リリーニャは嬉しそうに愁の腕を掴み、そのまま引っ張るように歩き出す。その無邪気な強引さに、愁は小さく苦笑した。


「わかった、わかった!それじゃあ、お世話になろうかな。よろしくね、リリー」


「わーい!やった!お泊まり、お泊まりっ!それじゃあ早く行こーっ!」


 リリーニャは、まるで遊び相手を見つけた子供のように無邪気にはしゃいでいる。そのたびに彼女の体が密着し、柔らかな感触が伝わってくるのだが──本人はまったく気にしていない。それが逆に困りものだった。


(この歳でこの大きさ、そしてこの人懐っこさ……ライトさん、普段から苦労してるんだろうな)


 そんなことを考えつつ、愁は彼女に付き添い、夜の街を歩き続ける。


 そして数分後。


 リリーニャは立派な屋敷の前で足を止め、くるりと振り返ると、満面の笑みを浮かべて愁を見上げた。


「着いたよ!ここがライトのお家!」


 彼女の背後にそびえ立つのは、帝都の一等地に佇む瀟洒な邸宅。


 その外観は、洗練された意匠と重厚な造りが見事に融合し、まさに帝国の名士たちが住まうにふさわしい豪奢なものだった。精巧な装飾が施された門扉や、整然と手入れされた庭園が、持ち主の権威と品格を静かに語っている。


 屋敷自体は貴族の本家が住むにはやや控えめな大きさだったが、私邸として考えれば十分に広大だった。


 この屋敷がライトの私邸であることから、彼の実家であるシィラビュロン伯爵家が、それなりに地位のある貴族であることが窺える。


 道すがらリリーニャが話してくれたところによると、昼間は使用人たちが働いているが、夜はライトとリリーニャの二人だけで過ごすことが多いらしい。


「これはこれは……おっきい屋敷だね」


 愁は思わず感嘆の声を漏らしながら、屋敷を見上げた。


「うん!おっきいの!中もすごーく広いよ?」


 誇らしげに胸を張るリリーニャ。その姿はまるで、自分の家を自慢する子どものようだった。


 彼女が門に手をかざすと、淡く輝く手のひらサイズの魔方陣が浮かび上がる。それにそっと触れると、重厚な門が音もなく開き、敷地内へと続く石畳の道が魔力鉱石の柔らかな灯りに照らし出された。


 そのまま進み玄関の扉を開けると、広々としたエントランスホールが迎えてくれる。大理石の床には見事な模様が彫り込まれ、天井には豪奢なシャンデリアが煌めいていた。


 リリーニャは慣れた様子で愁を客室へと案内する。


「ここの部屋を自由に使っていいよ!客室なの!それと……お風呂入るよね?今入るなら案内するけど、どうする?」


「寒かったから助かるよ。それじゃあ、お風呂入らせてもらうかな」


 案内された先には、浴場と呼ぶにふさわしい壮麗な風呂場が広がっていた。


 壁や床には美しい装飾が施され、湯気の向こうには彫刻された石像が堂々と鎮座している。そこから流れ出る湯は、まるで神聖な泉のように絶え間なく浴槽を満たしていた。


「うーん……貴族風呂」


 思わず呟いた愁だったが、すぐ隣でリリーニャが「え? 何か言った?」と小首を傾げたので、「何でもないよ」と話を流す。


「タオルとかはそこにあるから好きに使っていいよ!」


「あ、うん。ありがとう。……?」


 礼を言いながらも、愁は違和感を覚えた。説明が終わったにもかかわらず、リリーニャが出ていく気配がない。


 これは実に重要な確認が必要な状況である。


「まさかだけど、リリー?一緒に入るとか言わないよね?」


「えっ……?だ、だめなの?」


 リリーニャは目をぱちくりと瞬かせる。その無垢な反応に、愁は思わず天を仰いだ。


(……確認しておいて正解だった)


 リアの誕生日の一件以来、お風呂にまつわる出来事には妙に警戒心が働いていたが、どうやら今回もその直感は無駄ではなかったようだ。


 可愛い女の子とお風呂に入りたくないわけではない。しかし、物事には節度というものがある。


 今はライトもおらず、リリーニャと二人きり。もし一緒に入ったことをリリーニャがライトに話したらどうなるか。最悪の場合、変な目で見られることは避けられない。


「そりゃそうだよ!もしかして、普段はライトさんと一緒に入ってるの?」


「ううん。なんか最近になってからは、入ってくれなくなったんだあ……」


(そりゃそうだろ)


 心の中でツッコミを入れながら、愁は軽くため息をついた。いくら子供とはいえ、リリーニャの年齢を考えれば、一緒に入浴するのは避けるべきだろう。


「逆に聞くけど、リリーは俺に裸見られても恥ずかしくないの?」


 問われたリリーニャは、しばし考え込むように指を唇に当てる。だが、すぐにみるみる頬が紅潮し、あたふたと両手で顔を覆った。


「は、恥ずかしいかも……」


 恥ずかしがりながら上目遣いでこちらを見るリリーニャ。そんな仕草がやたらと破壊力を持っていて、愁は思わずたじろぐ。


(……むむ、可愛いな)


 そう思ってしまった自分に危機感を覚え、慌てて頭を振る。


「と、とにかく!そういうことだから、お風呂は一人で入るからね」


「う、うん……わかった!ゆっくり入ってね!」


 リリーニャは少し慌てたように浴室を後にした。


「ふぅ、助かった……」


 湯気の立ちこめる貴族使用の広い風呂の中、愁は深く息を吐きながら湯に身を沈めた。芯まで冷え切っていた身体が、じんわりと温もりに包まれていく。重くのしかかる疲労も、湯の熱に溶かされるようだった。


 やがて入浴を終えた愁は、湯気の立ち込める浴場を後にする。


 湯冷めしないよう手早く支度を整え、客室へ戻ってから数分後──


 扉をノックする、小さな音が響いた。


「はーい?どうぞ?」


 軽く返事をすると、扉がゆっくりと開く。そこには、薄手のパジャマを纏い、ふわふわの枕を抱えたリリーニャが立っていた。


「愁くん……お願いがあるの」


 彼女の猫耳が、しゅんと伏せられている。普段はぴんと立っているそれが、今はどこか頼りなげに揺れていた。


「どうしたの?」


 愁が問いかけると、リリーニャは枕をぎゅっと抱きしめながら、少し頬を染めて俯いた。


「あのね、リリー、一人だと眠れないの……。いつもは旅先でも宿の部屋が一緒だし、お家でもすぐ隣にライトがいるけど、今日は一人だから……ねぇねぇ、愁くん、一緒に寝るのは駄目かな……?」


 恥ずかしさを紛らわすように、パジャマの裾をきゅっと握りしめながら、リリーニャは上目遣いで訴えかける。猫耳は相変わらず伏せたままで、その様子が余計に彼女の不安を物語っていた。


「あー、そういうことね……」


 愁は苦笑する。甘え上手な彼女のことだ、きっとこう言い出すだろうとは思っていた。しかし、その甘え方には『計算』というよりも『素直さ』が滲んでいて、彼の中にある保護欲を強く掻き立てる。


(まったく……こういうところ、本当にずるいよな)


 愁は少し考えた後、肩をすくめながらベッドをぽんぽんと叩いた。


「うーん……わかった。いいよ、こっちにおいで」


「本当っ!?やった!」


 途端に、伏せていた猫耳がぴんと跳ね上がる。リリーニャの顔がぱっと輝き、まるで小さな子供のように嬉しそうにベッドへ駆け寄る。


「えへへ、ありがとう、愁くん!」


 もぞもぞと布団の中に潜り込みながら、彼女は嬉しそうに身を寄せる。ふんわりと甘い石鹸の香りが漂い、彼の鼻先をくすぐった。


(……なんか落ち着かないな)


 隣から伝わる、かすかな体温。すぐそばで聞こえる、小さく安らかな息遣い。


「じゃあ、灯りを消すよ」


「うん……おやすみ、愁くん」


 蝋燭の灯りが消え、部屋は静寂に包まれた。


 すると、リリーニャがそっと愁の胸元に顔を埋める。ぎゅっと、小さな手が彼の衣の端を握る。その仕草には、ほんのわずかな寂しさと安堵が入り混じっていた。


「……パパ……ママ……」


 かすかな寝言が、静寂を破るように響く。


 愁は驚いたように彼女の寝顔を見つめた。十二歳という幼さで、あまりにも多くを失ってきた少女。どれだけ強がっていても、その胸の奥には拭えない孤独があるのだろう。


 そっと、彼女の頭を撫でる。


(……大丈夫。リリーはもう、一人じゃない)


 柔らかなアッシュベージュの髪を指先で梳きながら、愁は静かに目を閉じた。


 まだ始まったばかりの道。しかし、迷っている暇はない。


(まずは、亜人たちが安心して暮らせる国を作る。その目的は変わらない)


 その胸に宿るのは、小さな決意ではなく──確固たる信念だった。


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