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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第三章 新たなる世界 【エルセリア大陸 編】

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第5話 精霊王ルゼ


「ルゼ様。キアナ王国にて精霊の乱れを観測いたしました。おそらく、かの国による勇者化の施術が行われたものかと」


 メメント精霊国、リーエスダルト城の翡翠の間。その名にふさわしく緑の輝きを放つ豪奢な大広間で、隻眼のエルフ、ナイヤは主君であるルゼの前に跪いていた。彼の顔の一部──片目を覆う黒いバンダナが静かに揺れ、金色の髪が燭光を反射して煌めく。漆黒の騎士服と装飾が施された剣の鞘が、彼の立場と覚悟を物語っている。


 ルゼ――精霊王と称されるその存在は、人々の目には人間に似た若き王に映る。しかしその周囲には『神秘的な輝き』が漂っていた。それはまるで夜空の星屑が集い、主を守るかのように舞う精霊たちの力の可視化。彼を精霊王たらしめるその光景は、息を呑むほど美しかった。


「そうか……アバルダは『愚かな道』を選択したのだな。施術されたのはおそらくシュルドだろう。妹のメラリカは、シュルドが大陸外に逃がしたと聞いているからな」


 ルゼの声は低く、だがその奥には深い失望が滲んでいた。


 跪き続けるナイヤは、少しの間を置いて再び言葉を紡ぐ。主君の話に割り込むことなく、その重みを受け止めるための沈黙だった。


「ルゼ様。キアナ王国、港町フスカにてシュルド王子の妹君、メラリカ王女の姿を確認したとの報告がございます」


「何?……それは本当か?」


「……はい。黒髪の人族の少年と共に歩く姿を目撃したと、確かな報告が入っております」


 短い返事にも関わらず、ルゼの瞳に走る影が深い動揺を物語っていた。


 『シュルドとメラリカ』──彼らはルゼにとって単なる他国の王族ではない。彼らは精霊に祝福された存在として、自身の教え子であり、何よりも弟妹のような大切な存在だった。彼らが幼い頃、ルゼは精霊との対話の仕方を教え、彼らと共に精霊の舞う森で過ごした時間は、彼にとってもかけがえのない記憶となっている。


 それが今や、かつての友であるアバルダによって精霊の力を『利用』される存在へと追いやられている。


「どうしてこうなってしまったのか……」


 ルゼの声は、翡翠の間の静寂に溶け込むように響いた。


 かつてのアバルダ──彼は誠実で、家族と民を愛し、精霊への畏敬を忘れない王だった。しかし、アイラフグリス王国の国王セルシオとの同盟を結んでから、アバルダは人が変わってしまった。精霊の加護を拒絶し、代わりに『勇者の力』を追い求めるようになったのだ。それがどれほど危険で破滅的な行為であるか、彼は理解していない。


「……シュルド、そしてメラリカまでとなると、もはや私が動かねばならぬ時だな」


 ルゼは翡翠の間の大窓から遥か彼方を見つめていた。その瞳に映るのは、幼き日の『穏やかな記憶』と、今目の前に広がる『苦渋の現実』。彼を囲む無数の精霊たちもその心情を映し出すかのように『ざわめき』、落ち着きを失っている。


「ナイヤ、『精霊武器』の用意をしてくれ。全てだ」


 短い指示。しかし、その言葉に込められた決意は、測り知れないほど重い。


 側近であるナイヤは一瞬、主君の横顔を伺った。そこに宿るのは『深い悲しみを抱えながらも、自ら進むべき道を選び取る王の覚悟』。余計な言葉は不要だった。ルゼに忠誠を誓い、その生涯を捧げると決めたナイヤには、それ以上の説明は必要ない。


「御意」


 その一言が翡翠の間に響き渡り、ルゼの決意を支える堅牢な柱となる。




◆◇◆◇◆◇




 翡翠の間を後にしたナイヤは、迷いを振り切るように足早に地下へと向かった。リーエスダルト城の地下深く、光さえ届かぬ闇の中には、『精霊に認められた者』だけが扱える七つの秘宝──『精霊武器』が安置されている。この扉を越えられるのは、王であるルゼと、彼の忠臣であるナイヤの『たった二人』だけ。


 重厚な扉の前で足を止めたナイヤは、扉を守護する精霊の目が彼を見つめているのを感じた。ここを通る資格がない者がいれば、瞬時に命を奪われる。それほどまでに厳格な守護の中、ナイヤは堂々と扉を押し開ける。


 地下室の奥には、七つの精霊武器が並んでいた。いずれも今は武器の姿を取らず、わずか一センチほどの小さな『光の球体』となって台座の上に鎮座している。その中でただ一つ、球体ではないもの──『白い羽』が、静かにその輝きを放っていた。


 ナイヤは目を閉じ、手をかざす。その瞬間、七つの精霊武器は微かに光を放ち、彼の指先に応じて震えた。


 左から順に並ぶのは、それぞれの属性を司る大精霊を宿した『火の精霊剣フィアル』、『水の精霊槍クアリス』、『木の精霊弓チュラルターゼ』、『土の精霊斧グラルブラド』、『光の精霊楯ウィスピード』、『闇の精霊杖リパルオーガ』、そして──統一大精霊そのものの力が込められた、白き羽。


 この羽は、精霊王の象徴であり、精霊の頂点である統一大精霊の体の一部そのもの。選ばれし者だけが扱うことを許される、真の王たる証だった。


(これらが再び血を吸う時が来るとは……)


 シュルドとメラリカ──ナイヤにとっても幼き日の二人は特別な存在だった。だが、今は敵となるかもしれない。七つの武器が彼らの血を染める未来を想像し、ナイヤの胸中は重く沈む。それでも、ナイヤはその想いを飲み込み、全てを主君の意思に委ねた。


 武器を慎重に収めた箱を抱え、ナイヤは再び翡翠の間へと戻った。




◆◇◆◇◆◇




 翡翠の間に戻ると、ルゼは既に『戦装束』に身を包んでいた。その袴のような装いは威厳に満ち、風にたなびく金の髪と、彼を囲む精霊たちの光が神々しさをさらに際立たせる。


 先程までの迷いや悲しみは、微塵も感じられない。その碧眼は『守るべきもの』を見据え、決して揺るがない意思を伝えていた。


「ルゼ様。精霊武器の用意が完了致しました。軍の準備も整い、いつでも出軍可能です」


 ナイヤが差し出した箱を開けると、七つの精霊武器が光を放ちながら浮かび上がる。それらは次々とルゼの手元に吸い込まれ、彼の中で力を宿した。そして、最後の白き羽が彼の背後に広がり、眩い翼の形を取る。


「他に確認したいこともある。私は先に行く。ナイヤ、軍の指揮は任せた」


「御意。すぐに向かいます」


 言葉を終えると、ルゼは躊躇いもなく翡翠の間の窓から身を躍らせた。白き翼を広げ、大空を切り裂くように飛び立つ。その姿は、民を守るために立ち上がった『神話の王』そのものだった。


 ナイヤはその姿を見送る間、静かに跪き続けた。ルゼの背中が見えなくなるまで、彼の心の中では『主君への忠誠』と『戦いへの覚悟』が静かに揺れていた。しかし、その瞳には迷いはない。


 『主君の願う平和が叶うように』と祈りながら、ナイヤもまた立ち上がり、出軍の準備を整えるため翡翠の間を後にした。


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