第12-2話 王都でお買い物
空の旅も終わりを迎えようとしていた。
紺碧の大空を切り裂くように飛ぶ二人の眼下には、雄大な王都の姿が広がり始めていた。高くそびえる城壁、その内側には無数の屋根が折り重なり、金色の屋根や石畳が陽光を反射して輝いている。
「よし、それじゃあ王都に向かうか。歩きになるけど大丈夫?」
「はい!大丈夫です!行きましょう!」
リアの声には弾むような期待が込められていた。彼女の白銀の髪が風に揺れ、紅と蒼の異なる瞳がきらきらと輝いている。
二人は王都のすぐ近くの林の中に降り立つと、そこから歩いて門へ向かうことにした。やがて見えてきた王都の城門は圧倒的な威圧感を放ち、厚い鉄扉の前では多くの人々が検問を受けていた。
愁はふと、リアを横目で見やる。いつもなら亜人族というだけで向けられる冷たい視線──そのことが彼女を傷つけていないかと、心のどこかで気にしていた。しかし、今回は〈認識阻害〉の魔法の効果がまだ続いていたせいか、兵士たちは彼らに一瞥もくれず、何の問題もなく通過できた。
(……何も言われないのは助かるけど)
リアの無邪気な笑顔を見て、愁はそっと肩の力を抜く。彼女はそんな周囲の事情など気にも留めず、まるで光そのもののように、純粋な喜びで満ちていた。
「すごい……!」
王都の門をくぐった瞬間、リアは息を呑んだ。
広がるのは、これまで見たことのない光景だった。石畳の大通りがまっすぐに伸び、その両脇には色とりどりの建物が立ち並ぶ。魔力鉱石を用いた街灯が整然と設置され、夜になっても明るさを保つ仕組みになっている。道ゆく人々は華やかな衣服を身にまとい、そこかしこで楽しげな会話や笑い声が響いていた。
「わぁ!すごいですね、愁さまっ!見たこともないものがたくさん売っていますっ!」
「そうだね。何か見たいものはあるかい?」
「えっと、ぜ、全部ですかね?」
「お、いいね!全部行っちゃうか!」
「え、本当ですか?……やった!」
リアは頬を紅潮させ、小さく跳ねるように足を弾ませた。その様子に、愁も思わず微笑む。彼女の嬉しそうな姿を見ていると、自然と肩の力が抜けていく。
そうして、二人は街のあちこちを巡った。王都の賑やかな市場には、異国の果物や豪華な刺繍の布、煌びやかな細工のアクセサリーが所狭しと並んでいる。どの店も魅力的で、リアは目を輝かせながら店先を覗き込んでは、歓声を上げた。
やがて、ある店の前でリアの足が止まる。そこは高級な髪飾りや装飾品を取り扱う店だった。
「……すごく綺麗ですね」
リアの視線は、一つの髪飾りに吸い寄せられていた。繊細な銀細工が施され、小さな宝石が月の雫のように輝いている。
「リア?もう少しこのお店を見ていかない?」
愁の声に、リアは驚いたように振り返る。
「え?は、はい。わかりました!」
きょとんとしながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべるリア。そんな彼女の手をそっと引き、愁は店の奥へと向かった。
「あのっ……愁さま?さすがにこんな高価なものばかりのお店に、亜人のわたしが長居するのはちょっと……」
「ん?大丈夫大丈夫!気にしなくていいよ」
「で、でも……」
リアは足を止め、戸惑いがちに俯いた。視線の先には、ガラスのケースの中で美しく輝く髪飾りが並んでいる。銀細工に宝石が嵌め込まれたそれらは、どれも洗練された気品を纏っていた。
(……わたしなんかが、こんなに綺麗なものが売っているお店の中にいていいのかな……?)
リアの胸に、遠慮と躊躇が入り混じる。しかし、そんな彼女の横で、愁はふっと微笑んだ。
「これかな?さっきリアが見ていた髪飾り」
「え?えと、はい……これです。すごく綺麗だなって思って……」
リアは恥ずかしそうに目を伏せる。その仕草に、愁の目が優しく細められた。
(……こんなに嬉しそうな顔をするなら、買ってあげたくなるよな)
愁は静かに手を伸ばし、髪飾りを手に取る。そして、近くにいた店員を呼びつけると、迷いなく告げた。
「すいません!これが欲しいんですけど!」
「はーい。今行きますね~」
「えっ!?愁さま!そんな高価なものはいただけませんよ!」
リアは慌てて首を振った。値札に記された『金貨五枚』の文字が、彼女の脳裏に焼きついている。この国では、それなりに稼ぐ者の『二ヶ月分』に相当する金額だった。
王都に生きる人々の中には、金貨を一枚も手にすることなく生涯を終える者もいる。それほどの価値を持つ髪飾りを、ぽんと買おうとする愁の行動が信じられなかった。
「大丈夫大丈夫!きっと似合うと思うよ?」
「で、でも……金貨ご、五枚ですよ……?」
戸惑うリアの表情を見て、愁は微笑を深める。驚き、頬を赤らめながらも、どこか期待を滲ませた彼女の姿が微笑ましかった。
「リア?今日は一日、遠慮しないでほしいんだ。せっかく王都まで来たんだし、それに……明日は誕生日なんだから。これはそのプレゼントだよ」
「……!」
リアの瞳が大きく揺れる。
誕生日。そんなふうに祝われるのは、いつ以来だっただろう。記憶をたどるように視線を落としたリアの心に、じんわりと温かなものが広がっていく。
「……本当にいいんでしょうか……?わたしなんかが、こんな綺麗な髪飾りなんて……」
リアは自分に自信がなかった。生まれついての境遇が、そうさせたのだ。だが、愁はそんなリアの不安を包み込むように言った。
「『わたしなんか』なんて言わないで。リアはとっても可愛いから、大丈夫だよ?」
「か、かわいい……ですか……?」
耳まで赤く染めたリアが、困惑したように視線を揺らす。そんな彼女を見て、愁もまた、自分の言葉に照れくさくなった。
慌てるように店員に金貨を手渡し、髪飾りを購入する。
リアの手に渡ったそれは、銀の装飾に深い青の宝石が嵌め込まれたバレッタ。まるで彼女の碧い瞳を映したかのように、美しく澄んだ輝きを放っていた。
「ほら、こっちにおいで。ついでに髪も結んでもいいかな?」
「あ、はいっ……その、よ、よろしくお願いします……」
リアは少し緊張した様子で頷いた。
愁は手慣れた仕草で彼女の髪を梳かし、高めのサイドテールにまとめる。銀色の髪が陽光を受けてさらさらと輝き、バレッタを添えることで、さらに洗練された美しさが引き立った。
「よし、できた!ほら、見てごらん。すごく可愛いよ」
リアを店内の鏡の前へと導く。
鏡の中に映るのは、見慣れない髪型の自分。けれど、そこにいる少女は、驚くほどに華やかで、可憐だった。
「えへへ……なんか、自分じゃないみたいです……」
リアは頬を緩ませ、指先でそっとバレッタをなぞる。
「本当にありがとうございます。とっても嬉しいです……大切に、本当に大切にしますね」
その瞳には、心からの喜びが宿っていた。
そんなリアの笑顔を見て、愁もまた、満足そうに微笑む。
「うん。そうしてくれると嬉しいな。よし、それじゃあ、他のところも見に行こうか」
「はいっ!愁さまっ!」
リアの弾んだ声が、王都の賑わいに溶け込んでいった。彼女は小さく跳ねるように歩き出し、きらきらと目を輝かせながら次の店へと向かう。
この日の思い出が、彼女の心にあたたかな光となって残りますように──そう願いながら、愁はリアの後を追った。
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