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クラフトマスター建国記〜転生により不治の病を克服した少年は異世界で『至高の国』を再建する〜  作者: ウィースキィ
第三部 第二章 建国の英雄たち【大魔法国家ルミナス動乱 編】

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第44話 厄災を再び

 

 ――太陽が、落ちる。それは空の話ではない。


 魔法を愛し、魔法に愛される国、ルミナスの象徴とも言える少女、クオーレ。その笑顔こそが、人々の心を照らす光であったはずだった。


 だが今、その光は確かに(かげ)っていた。


 広場を覆うのは怒号と罵声。恐怖と絶望が混ざり合い、もはや理性という名の秩序は崩れ去っている。


 本来ならば、感謝されるべきだった。共に苦難を乗り越えるべきだった。


 メイディアも、クオーレも――誰よりも必死に、この国を守ろうとしているというのに、それでも民衆は、彼女たちに石を投げる——言葉という、目には見えない凶器をもって。


「嘘つきだ!」


「守るって言っただろ!」


「もういい加減にしろ!!」


 その一つ一つが、鋭く、重く、クオーレの胸へと突き刺さっていく。彼女は知らなかった。こんな人の負の感情を。こんな世界の側面を。


「……どうして……?」


 震える声。それは問いかけであり、祈りでもあった。


 一切の穢れを知らないクオーレが、ありのままの世界の本当の姿を理解しようとしてしまった、その瞬間――それは、降ってきた。


 漆黒。光を呑み込む、純然たる闇が、音もなく演説台へと落ちる。


 空気が、凍りついた。誰もが息を呑む。


 そこに“在る”と認識しただけで、本能が警鐘を鳴らす存在。それは人の形をしていた。だが、人ではない。あまりにも歪だった。


 輪郭は揺らぎ、黒は黒でありながら深淵のように底が見えず、見る者の恐怖を映し取るかのように形を変える。


 かつて全世界の負の感情が凝縮して生まれた存在――チェルノボーグ。


 しかしその姿は、かつてクオーレの隣にいた彼とは明らかに違っていた。より濃く、より歪に。恐怖そのものを具現化したような、異形の姿へと変貌している。


「……あ……あれは……」


 誰かの声が、震える。


「絶望の……化身だ……!!」


 その言葉が、引き金となって、ある伝承が蘇る。


 かつて辺境の地を、不毛の地へと変えた災厄。制御を失った闇が、すべてを呑み込み、命も、大地も、未来すらも奪い去ったという記録。その“姿”と、今、目の前にある存在は――あまりにも一致していた。


「終わりだ……」


「ルミナスは……もう……」


 絶望が、確信へと変わる。その瞬間だった。


 ――グォォォォォォォォォッ!!


 心を恐怖で揺さぶるような咆哮に続き、チェルノボーグの身体が膨れ上がり、歪み、巨大な怪物の姿へと変貌する。


 裂けるように開いた口。底の見えぬ闇。そしてそれは、クオーレを一瞬で呑み込んだ。


「――っ!?」


「クオーレ様ぁぁぁぁぁっ!!」


 広場が、悲鳴で満ちる。


 つい先ほどまで悪意を向けていたはずの民衆が、今は恐怖に顔を歪めている。クオーレの身を案じている。


 ——矛盾。だがそれこそが、人という存在だった。唯一の希望が、目の前で喰われた。その事実が、全てを塗り潰す。


 ――闇。


 光の届かぬ、静寂の世界。その中で、二つの影が向かい合っていた。


 一つは、クオーレ。もう一つは――いつもの姿へと戻った、チェルノボーグだ。


「……なんだよ、その顔」


 低く、しかしどこか呆れたような声。目の前のクオーレは、俯き、小さく震えていた。


「……みんなが……笑顔にならないの……」


 その言葉は、あまりにも純粋で、あまりにも、重かった。


 チェルノボーグは、短く息を吐く。


「……だからなんだよ」


 吐き捨てるように言う。


「お前は、いつだって笑顔を諦めたりしないだろうが」


 だが、クオーレは首を横に振る。


「……でも……怖いの……」


 さらに視線を落とす。


「みんなの目が……表情が……言葉が……怖いの……」


 その小さな肩が、震える。


 初めて触れた『恐怖』。初めて知った『絶望』。それは、純粋すぎる彼女にはあまりにも強すぎた。


「……はぁ」


 チェルノボーグは、深く息を吐くと、ゆっくりと歩み寄り――そのまま、クオーレを抱き寄せた。


「……クロちゃん?」


 驚いたように呟く声。その耳元で、彼は静かに言う。


「クオーレ。お前は、いつも通りでいい」


 低く、しかし確かな声音。


「笑っていればいい。お前が楽しいと思うことをすればいい」


 その言葉は、闇の中にありながら、不思議と温かかった。


「俺はな」


 一拍。


「お前の、その……誰にでも平等に光を与える、太陽みたいな笑顔が好きなんだよ」


 ほんの僅かに、言葉が詰まる。だが、続ける。今は続けないといけなかった。


「だから――」


 決意。それは、静かでありながら、確固たるものだった。


「クオーレに似合わねぇもんは、全部――俺が持っていってやる」


 負の感情。悪意。絶望。そのすべてを引き受ける覚悟。


「だから、お前は……笑ってろ」


 クオーレの瞳から、涙が零れた。それは、彼女にとって初めての“雨”。


「……クロちゃん……雨、降っちゃったわ……」


 震える小さな体。震える声。しかし、チェルノボーグは、ふっと笑う。


「なら、晴れにすりゃいい。クオーレの得意技だろ?」


 軽く言ってのける。


「ほら……最後に、笑顔見せてみろよ」


 クオーレは、ゆっくりと顔を上げる。そこには涙で濡れた頬。それでも、その表情に――光が戻る。


 いつもの、あの、太陽のような笑顔。


 かつて、一生晴れることのないはずだった存在に、初めて『晴れ』をもたらした、そのとびきりの笑顔を。


「……それでいい」


 チェルノボーグが、静かに呟く。


「その笑顔があれば……俺は、なんだってできる」


 次の瞬間――爆ぜた。


 クオーレを包んでいた闇が、内側から弾け飛び、眩い光が、広場を覆う。


 人々は目を見開く。そこに立っていたのは――無傷のまま、光に包まれた笑顔のクオーレだった。


 まるで絶望そのものを打ち払ったかのような、その姿。それはまるで、救国の聖女そのもの。


 そして――闇は、空へと昇る。すべてを引き受けるかのように。


 民衆の恐怖も、怒りも、憎しみも。その矛先を、ただ一つに集めるために――チェルノボーグへと。


 誰もが、見上げる。そして理解する。あれこそが『敵』だと。あれこそが『絶望』だと。その対極に光があるのだと。


 クオーレという、希望があると、無意識のうちに人々の視線は、彼女へと戻る。


 太陽は、再び昇った。


 だがその裏で、決して晴れることのない闇が、一つ。すべてを背負い、空へと消えていった。


 ――その覚悟を、誰も知らぬままに。


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