第9-3話 亜人誘拐犯
その後、食事を終えたアルバートとユアの二人は、ギルドや街の兵士たちへの聞き込みを行った。
得られた情報は決して豊富とは言えなかったが、それでもセルシオ国王が言及した男の姿を騒ぎの最中に目撃した者は複数いたため、無駄な労ではなかったと言えた。
しかし、その人物が事件の最中に外へ出るところを見た者は、一人として存在しなかった。どうやら、騒動が収束した翌日、何事もなかったかのように城門から出て行ったらしい。
その男はこの街では見かけぬ風貌で、もし再び姿を見せればすぐに目立つはず。だが、今のところその姿は影も形もない。
熱心に聞き込みを行っていると、いつの間にか日が傾き、夕暮れが街を朱に染めていた。
町の祭りは本格的に始まり、通りは人であふれ返っている。こうなると、人を探すどころではなかった。
「今日の任務はここまでにするか。人も多いし、また明日にした方がいいだろう。祭りも始まったし、約束通り祭りを楽しみに行こうか」
その言葉を聞いた瞬間、ユアの顔がぱっと明るくなり、まるで跳ねるように嬉しそうに飛び上がる。
「やったー!お祭り、お祭り!早く行きましょう、お師匠さま!」
小さな手にぐいと引かれ、アルバートは彼女に導かれるようにして祭の会場へと足を向けた。
煌びやかな灯籠が空を照らし、甘い香りや香ばしい煙が風に乗って漂う。にぎやかな笑い声や太鼓の音が重なり合い、街はまさに祝祭の熱気に包まれていた。
ユアは目を輝かせながら、あれこれと出店に目を奪われ、手当たり次第に遊び尽くしていく。その姿はまるで無邪気な小動物のようで、見ている側まで自然と口元がほころぶほどだった。
やがて、一通り遊び尽くして少し息をついたユアが、ある屋台の前でぴたりと足を止めた。
「お師匠さま!これ、食べたいです!」
彼女が指差した先にあったのは、ほかほかと湯気を立てる蒸し芋に、たっぷりとバターが乗った一品。地元で採れた旬の芋を使い、塩ゆでしてから熱々のうちにバターを落とすという、素朴ながらも後を引く味わいで、若者を中心に人気を集めているらしい。
「店主、一ついただこう。その子に渡してやってくれ」
「おお……!これはこれは、勇者様……」
店主に銀貨を手渡し、アルバートが一歩下がると、ユアはうれしそうに芋を受け取った。
「ありがとうございますっ!お師匠さま!いただきますっ」
手の中の芋は湯気が立ち上るほどの熱さで、ユアはふーふーと息を吹きかけながら、慎重に冷ましていた。
その無防備で愛らしい姿を見つめているうちに、アルバートの胸の奥が、ふと、ざわめく。
(……また、か)
説明のできない、しかし確かに存在する正体不明の違和感。最近になって、ユアを見ているときにだけ覚えることのある、不思議な感覚。何かが胸の奥で目を覚ましかけているような、得体の知れぬ予兆。
そんな中、不意に別の『気配』がアルバートの意識を掠めた。
鋭く顔を上げ、視線を巡らせる。
雑踏の向こう、路地裏の入り口。そこに黒い外套をまとった男たちが、ひとりの亜人族の少女に魔法をかけ、眠らせて連れ去ろうとしている姿を見つけた。
(最近、この街で相次いで報告されている亜人誘拐事件か……!)
「ユア!問題発生だ。ついてこい!」
鋭く言い放つと同時に、アルバートは男たちが消えた路地裏へと駆け出す。
その背にユアは一瞬呆気に取られたように立ち尽くし、慌てて小さく叫んだ。
「あっ!お師匠さま、どこに……って、もう行っちゃった……。追いかけなきゃ!お芋、まだ食べてないのに……!」
片手に芋を握ったまま、ユアは小さな足を懸命に動かして、アルバートのあとを追う。
一方そのころ。
先行していたアルバートはすでに路地裏に入り、目撃した男たちの行方を追っていたが、信じがたいことに、奴らの姿は忽然と消えていた。
(……確かに、このあたりを走っていたはずだが)
亜人の少女を抱えたまま走るには、そう遠くへは行けない。そう判断したアルバートは、気配を研ぎ澄ませて周囲を探る。
すると──わずかに、かすかな物音と少女の声が、少し離れた空き家の方角から聞こえてきた。
「あそこか」
ためらうことなく、アルバートはその空き家の扉を一気に蹴り破った。
突如現れた彼に、室内にいた男たちは目を見開き、間の抜けた表情でこちらを見た。
今にも少女に手をかけようとしていたその姿は、言い逃れの余地などなかった。
「貴様ら……いったい何をしている。その子を放せ」
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