魔法士官学校入学編 5
待ち合わせ場所は、街の中心にある時計台広場だった。エセルバートはアンジェリカが迷わないようにと、わざわざ手書きの地図まで渡してくれていた。
校門を出たところから道順が始まり、曲がる場所には目印となる店や建物まで細かく書き込まれている。時計台がどこにあるのか知らなかったので、ありがたいものだった。
休日ということもあり、通りには家族連れや若者の姿が多い。露店から焼き菓子の甘い匂いが漂い、店先には季節の花が並べられていた。
行き交う馬車の音と往来の人々の笑い声を聞きながら進んでいくと、やがて建物の間から、大きな時計台が見えてくる。石畳の円形の広場で、中央には噴水が設けられていた。
(ここですね)
ほっとして顔を上げる。そして、人混みの中から目的の人物を探すまでもなかった。
待ち合わせ時刻よりまだ少し早いというのに、エセルバートは時計台の下に立っていた。金色の髪は日の光を受け、遠目にもよく目立っている。
普段の制服姿とは違い、今日は街中を歩きやすい簡素な服装だった。けれど、質のよい布を使っていることはアンジェリカにもわかる。派手な装飾などはないのに、なぜだか目を引く。
今朝見かけたオレリアと似ていた。上質なものを、ごく自然に身につけているのだとよくわかる。
(ああ……なんだか)
アンジェリカの足が、無意識に止まった。先ほどオレリアと比べてしまったときの感覚が蘇る。エセルバートは侯爵家の息子だ。
今まで学校では同じ制服を着ていたから、あまり意識しなかったが、こうして私服姿で街中に立つ彼を見れば、育ってきた世界が自分とは違うことが嫌でもわかってしまう。
自分が隣を歩けば、不釣り合いに見えるのではないか。それどころか、知り合いに見られれば、エセルバートに恥をかかせてしまうかもしれない。
(私……帰ったほうが)
一瞬だけ、そんな考えまで頭をよぎった。
しかし、その迷いを見透かしたかのように、エセルバートがこちらを向いた。その瞬間、彼の表情がぱっと明るくなる。
「アンジェリカ、こっちだ」
手を上げるだけではなく、向こうから駆け寄ってくる。
「迷わなかった?」
「はい……エセルバートさんが地図をくださったので」
「よかった。君のことだから、少し心配してた」
「……それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だけど?」
普段ならすぐ言い返すところなのに、今日はどうにも調子が狂った。エセルバートが、アンジェリカの顔をじっと見ている。……正確には、その少し上。
(やっぱり……変でしょうか)
急に不安になり、アンジェリカはそっと自分の髪へ触れた。
すると、エセルバートが笑う。
「その髪型、いいね。すごくかわいい。アンジェリカに似合ってる」
「…………」
アンジェリカは固まった。一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
聞き慣れない言葉が、頭の中で、何度も繰り返し響く。
「あっ……あっ、あっ……ありがとうござい……ます」
意味を理解した途端、顔に一気に熱が集まった。耳まで熱い……。顔を見られたくなくてうつむくと、編み込んだ髪が視界の端に入る。母以外の人から、かわいいと言われた記憶などない。だから、どうしていいのかわからなくなった。
「どうしたの? 顔、赤いよ」
「寝癖をごまかすために結んだのに褒められたから、恥ずかしくなりました」
「なんだそれ」
エセルバートはおかしそうに笑う。その顔をみると、余計に落ち着かなくなった。
でも、エセルバートはすでに次のことを考えていた。
「よし。じゃあまず、アンジェリカがいつも行く本屋を教えてくれ」
「本屋ですか?」
「せっかく街まで出てきたんだから、ケーキだけ食べて帰るのはもったいないだろう?」
どうやら、彼は最初からそのつもりだったらしい。そうして二人は、街を歩くことになった。……まるで、デートのように。




