↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつてライバルだった初恋の人は、私を恨んでいるはずでした  作者: 戸瀬つぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

魔法士官学校入学編 4

 季節が巡り、一年生の終わりに行われた試験でも、アンジェリカは首席の座を守った。もっとも、以前と比べればエセルバートとの差は縮まっている。


 特に目覚ましく伸びたのは、あれほど嫌っていた戦史だった。


「……八十七点」


 返却された答案を覗き込み、アンジェリカは感心した。


「すごいですね。前回より二十点以上上がっています」


「だろう?」


 エセルバートは誇らしげに答案を掲げた。


「アンジェリカの年表方式はなかなか使える。あと、一緒に勉強したのもよかった」


「それならよかったです」


「だから、お礼にケーキくらいご馳走させて」


「ケーキ、ですか?」


「そう。君は、休日になると寮に引きこもってばかりだろう? たまには外に出たほうがいい」


「引きこもってはいません。ゆっくり休んでいるんです」


 必要なものは購買部で揃うし、出かけなければ困ることもなかった。


「だからそれを引きこもりと言うんだよ。首都には美味しい菓子店がたくさんあるし、せっかく住んでるのに、一度も行かないなんてもったいない」


「でも……」


「お礼なんだから、遠慮しないで」


 出会ったばかりのころ、一度だけ昼食を奢られたことがある。


 あのときアンジェリカが好まない様子を見せてから、エセルバートはなにかにつけて金を出そうとすることはなくなった。


(……でも、ケーキなら)


 今回は施しではなく、勉強を手伝った礼だという。それなら、素直に受け取るのも礼儀だ。


「わかりました。ぜひ」


「決まりだね」


 エセルバートが満足そうに笑った。


「今度の休日、街の時計台の前で待ち合わせしよう」


「はい」


 アンジェリカは頷きながら、手帳を取り出して予定を書き込んだ。


 休日に、エセルバートと、街へ出かける。ただそれだけのことなのに、書き込んだ文字を妙に丁寧になぞってしまう。


「そんなに真剣に書かなくても、忘れないだろう?」


「約束ですから」


「真面目だなぁ」


 からかわれ、アンジェリカは手帳を閉じる。


 この頃のアンジェリカは、まだなんの危機感も持っていなかった。ただ、次の休日にはエセルバートが美味しいと言うケーキを食べられること。……その約束を、素直に楽しみにしていただけだった。



   ◇ ◇ ◇



 その日の朝は、いつもより身支度に時間がかかってしまった。


「ああ……どうして今日に限って髪が……」


 鏡の前で、アンジェリカは困り果てた声を漏らす。肩のあたりで切りそろえている茶色い髪は、もともと少し癖があり、放っておくと緩やかに波打つ。それ自体はいつものことなのだが、今日に限って片側だけが頑固に外へ跳ねていた。


 手で押さえてみても、櫛で何度とかしてみても、結局同じところがぴょこんと浮き上がってしまう。


 普段なら気にしなかった。成績にはなんの影響もないから。けれど、今日は事情が違う。……これからエセルバートと二人で街へ出かけるのだから。


 壁に掛けられた時計を見れば、待ち合わせの時間は少しずつ近づいている。


「もう……しかたありません」


 これ以上髪と格闘していては、本当に遅刻してしまう。アンジェリカは諦めて、跳ねているほうの横髪だけを編み込み、耳へかけることにした。慣れないことなので完璧な仕上がりとはいえないが、どうにか形にはなっている。……寝癖のままよりましだ。


(……変では、ないですよね?)


 誰かに見てもらえるわけでもないため、鏡へ顔を近づけ、よく確認するが、最後は自分に言い聞かせるしかない。そして、服については選びようがなかった。


 候補生として生活するようになってから、ほとんど毎日制服を着ている。私服が必要になる場面そのものが少なく、アンジェリカが持っている服はわずかなものだ。


 その中から、一番上等に見えるものを選ぶ。黒を基調とした、白い襟つきのワンピースだ。


 襟の形を直し、裾に皺が寄っていないかまで確かめる。そこまでしてから、ふと我に返った。


(……私は、いったいなにをこんなに気にしているのでしょう)


 ただ友人と街へ出かけるだけ。


 しかも目的は、勉強を手伝った礼としてケーキをご馳走してもらうこと。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そう自分に言い聞かせたものの、鏡に映る頬はわずかに赤く見えた。


 それからすぐに、アンジェリカは部屋を出た。女子寮の廊下を歩いて、出入り口のほうまでいくと、見知った人に出会う。


「……珍しいのね?」


 声をかけてきたのは、オレリア・セシャンだ。アンジェリカと同じ学年で、同じ特別クラスに所属している女子候補生である。また、この寮では同学年のまとめ役も務めていた。


 オレリアがいぶかしげな視線を向けている理由は、すぐにわかった。アンジェリカが制服ではなく、私服を着ているからだ。


 魔法士官候補生は、外出するときにも制服を着用することが推奨されている。もっとも、あくまで推奨であって義務ではない。休日くらい軍人らしい格好から解放されたいという者は多く、ほとんどの候補生は私服で街へ出ていた。


 一方のアンジェリカは、これまで外出といっても本屋へ行くか、日用品を買い足す程度だった。わざわざ着替える理由もなく、いつも制服のまま出かけていた。


 だからこそ、オレリアの目にはよほど珍しく映ったのだろう。


「あっ……はい。たまには……そういうこともあります」


 なぜだか後ろめたいことでもしているような気分になり、アンジェリカは曖昧に答えた。二人は、休日の予定や行き先まで語り合うほど親しい関係ではない。


 あからさまに悪口を言われるわけではない。寮で必要な連絡事項があればきちんと教えてくれるし、まとめ役としての仕事も真面目にこなしている。


 けれど、アンジェリカには彼女のことが少し苦手だった。不快なものを見るような、あるいは値踏みするような眼差しを向けられている気がしたから。


 オレリアも、外出するところらしい。


 深みのある赤色のワンピース、それに足元には細い踵の靴。腕には、小さいながらも一目で高価だとわかる鞄を提げている。まっすぐに伸びた白金色の髪には、ワンピースと同じ赤色のカチューシャ。……どこから見ても、よく似合っていた。


 オレリアは伯爵家の令嬢で、立ち姿ひとつを取っても、アンジェリカとは違う。本人が意識しているのかどうかはわからないが、背筋の伸ばし方や顎の角度、服の着こなしにまで、生まれ育った環境の違いが現れているように感じられた。


 アンジェリカは、つい自分の服へ視線を落とした。黒い安物のワンピース。……それに磨いたとはいえ、使い慣れた靴だ。オレリアの隣へ立つと、急にひどく質素なものに思えてくる。


 その様子を見ていたオレリアが、ふっと口元を緩めた。


「墓参りなら、制服のままでもいいのに」


「……そ、そ、そう、ですね」


 意味を理解するのに、一瞬だけ時間がかかった。黒い服だから、そう言ったのだろう。冗談なのか、それとも皮肉なのか、判断できないままアンジェリカは曖昧に頷いた。


 オレリアはそれ以上なにも言わず、興味を失ったようにすれ違っていく。廊下に残されたアンジェリカは、しばらくその場に立っていた。


(……やっぱり、変でしょうか?)


 先ほどまで鏡の前で、それなりに満足していた気持ちが一気に萎んでいく。髪も苦労して整えたが、今はそれすら子どもっぽく感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。