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かつてライバルだった初恋の人は、私を恨んでいるはずでした  作者: 戸瀬つぐみ


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魔法士官学校上級生編 4

 これまでのアンジェリカには、学校を休むという発想そのものがほとんどなかった。


 幸いなことに、入学してから二年以上、大きく体調を崩すこともなく過ごしてきた。多少疲れていても授業には出たし、少しくらい具合が悪くても、休もうとは考えなかった。


 だから今回が、はじめての欠席だが、ズル休みをした気分にもなる。


 バシュロに叩かれた頬は、翌朝になっても腫れが引いていなかった。鏡を見ると、片側だけが赤く腫れ、うっすらと痣まで浮かんでいる。こんな顔で教室へ行けば、誰かに理由を聞かれるのは間違いなかったが、正直に話すことなどできない。


 だから、熱が出たと偽って休むほかなかったのだ。


 その日の朝、アンジェリカはなるべく顔を隠すようにしながら廊下へ出ると、同じ寮にいるオレリアの部屋を訪ねた。


「あの……すみません」


 声をかけると、オレリアが部屋から出てくる。


「なに?」


「今日、授業を休みます。熱があって体調が悪いので……教官に伝えていただけますか?」


 できるだけ顔を見られないよう、髪を垂らしてうつむいたまま頼む。


 これまで無断で授業を休んだこともなければ、遅刻すらほとんどない。模範的な候補生として過ごしてきたおかげか、オレリアも深く理由を尋ねることはなかった。


「わかったわ」


 いつものようにそっけなく答え、扉が閉まる。アンジェリカは小さく息を吐き、自室へ戻った。


 そうして、その日は丸一日、ほとんど布団の中で過ごした。食堂へ行く気にもなれず、朝も昼もなにも口にしなかったが、不思議と空腹は感じなかった。


 いくら横になっていても眠くはならない。目を閉じれば、どうしたって昨日のことを思い出してしまう。


 授業を休んだのなら、その分くらい自習をしなければならない。普段のアンジェリカなら、そう考えて教本を開いていただろう。けれど、その日は机へ向かうことすらできなかった。


 ただ布団を頭までかぶり、時間が過ぎていくのを待った。部屋を訪ねる者はいないし、食事の時間に姿を見せなくても、気に留める者もいないのだろう。


(私って、本当に一人ぼっちなんですね……)


 それは今にはじまったことではなかったのに、静まり返った部屋に一人でいると、いつもより妙にそのことが身に染みた。これまで孤独を感じなかったのは誰のおかげかも、もちろんわかっている。


 やがて窓の外が暗くなり、寮の中も静かになっていく。どれくらい時間が経ったのかもわからなくなったころ、不意に窓のほうから音がした。


 コツ、コツ、コツ。


 なにかの音がして、アンジェリカは布団の中で目を開けたが、風で枝でも当たったのだろうと思い、そのまま無視する。


 けれど、少し間を置いて、また同じ音がした。


 コツ、コツ、コツ。


(……なんでしょう)


 規則的すぎる。


 さすがに気になり、アンジェリカは重い身体を起こした。


 長いあいだ横になっていたせいか、身体がひどくだるい。床へ足を下ろし、ゆっくり立ち上がると、窓のほうへ向かった。


 カーテン越しにも、外に誰かいるような影が見える。


 ここは一階だが、人の出入りが厳しく制限されている女子寮の敷地内だ。アンジェリカが警戒しながらカーテンへ手を伸ばした、そのときだった。


「アンジェリカ、開けてくれ」


 聞き慣れた声が、窓の向こうから聞こえた。


 アンジェリカは息を止める。恐る恐るカーテンを開くと、窓の外にエセルバートが立っていた。


(どうして、エセルがここに?)


 アンジェリカが戸惑っているあいだにも、エセルバートは少しのためらいもなく窓を越え、部屋の中へ入り込んできた。


 室内には明かりをつけていなかったため、窓から差し込む月明かりだけが彼の輪郭を淡く照らしている。金色の髪が白い光を受け、夜の暗がりの中でぼんやりと浮かび上がって見えた。


「聞いたよ、熱があるんだって?」


 心配そうに尋ねられ、アンジェリカは気まずさを隠しながら答えた。


「もう下がりました」


「そうか、ならいいんだ」


 エセルバートはほっとしたように息を吐いたものの、そのまま遠慮なく部屋の中へ視線を巡らせる。


「ずっと眠っていたのか? とりあえず明かりをつけよう。……ええっと、ランプは」


 彼の目が、机の上に置かれたランプへ向く。


「ダメです。……勝手につけないでください!」


 思わず声を荒らげたあと、アンジェリカはすぐに口元を押さえた。女子寮の夜は静かだ。こんなところで大きな声を出せば、隣室の候補生に聞かれてしまうかもしれない。……けれど、ランプだけはどうしても灯されたくなかった。


「お願い。やめて……」


 今度は声を落とし、懇願する。部屋が明るくなれば、頬の腫れに気づかれてしまう可能性が高い。昨日よりは多少ましになっているものの、近くで見れば隠しきれない。これは、誰にも知られてはいけないことだから。


 面会に来た保護者代わりの人に殴られたなどと話せば、なにが起こるかわからない。それに、ガイエ侯爵との関係についても不用意に知られるわけにはいかなかった。


「……変だな」


 エセルバートの声が、少し低くなった。


「こんなに余裕のない君は、はじめて見る」


 アンジェリカは返事をしなかった。


「なにか僕に知られたくないことでもあるのか?」

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