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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百十五話 変わりゆく町

ベルグラードを離れてから約一月。


ようやく戻ってきたシアたちでしたが、そこで目にしたのは以前とは少し違う光景でした――。

 報告のためにミレアたちがベルグラードを離れてから、およそ一か月が経った頃。


 町の南側にある入口に、三人の姿があった。


「帰ってきたっすー!」


 シアの元気な声が、城門の前に響き渡る。


「……やっと着いたな」


 その隣では、リトが大きく肩を回していた。


 アルヴェインでギルド長への報告を終え、しばらく休息を取った後、再びベルグラードへ向けて出発した三人。


 帰路と同様、道中では何度か魔獣と遭遇したものの、特に大きな問題もなく到着することができた。


 もっとも、往復の移動だけでもかなりの時間が掛かる。


 久しぶりに見るベルグラードの城壁を前に、ミレアもほっと息を吐いていた。


「……ようやく戻ってきましたね」


 外から見る町の景色は、出発した時とほとんど変わっていない。


 高い城壁に囲まれた町。


 門の前を行き交う荷車。


 そして、様々な種族の人々が暮らす独特の雰囲気。


 ミレアにとって、かつて故郷だった場所。


 しかし、今ではここへ戻ってくることに、以前ほどの抵抗を感じなくなっていた。


(……少しは、変わっているのでしょうか)


 ミレアは町の入口を見つめながら、そんなことを考えていた。


「主たち、元気にしてるっすかね?」


 シアが辺りを見回す。


「シエルさんが一緒ですから、大丈夫でしょう」


 ミレアが答える。


「まあ、魔獣が出たところで心配する必要はねぇだろうしな」


 リトも頷いた。


「問題は……」


「……何っすか?」


「仕事が増えてないかだな」


「またそれっすか!」


 シアが声を上げて笑う。


「アニキだからなぁ」


「否定できないっす!」


「…………」


 その会話を聞いていたミレアの表情が、僅かに曇った。


「……どうか、本当に増えていませんように」


「ミレアさん、アルヴェインでも似たようなこと言ってたっすね!」


「言わないでください」


 ミレアは静かに答えた。


 ギルド長への報告は、無事に終わった。


 ただし、ギルドとしてベルグラードの問題へ正式に介入することはできないと、はっきり伝えられている。


 ユウト個人が住民たちの相談に乗ることまでは止めない。


 しかし、ギルドの名前を使って新たな約束を交わしたり、履行を保証したりすることは認められない。


 その方針を伝えることも、今回戻ってきた目的の一つだった。


(……それだけで済めばいいのですが)


 ミレアは小さく息を吐き、町の中へ足を踏み入れた。


 すると――。


「あれ?」


 シアが突然足を止めた。


「……どうした?」


 リトが振り返る。


「……あの人、こっち見てないっすか?」


「……誰だ?」


 シアが指さした先には、一人の獣人族の男が立っていた。


 荷車の脇で誰かと話していた男は、三人の姿に気づくと、驚いたように目を見開いた。


「あっ!」


「……ん?」


「ユウトさんの仲間だ!」


「…………」


「…………」


「…………」


 三人の足が、同時に止まった。


「……今、何て言ったっすか?」


 シアが首を傾げる。


「……ユウトさんの仲間だって言ったな」


 リトが答える。


「……言っていましたね」


 ミレアも静かに頷いた。


 すると、獣人族の男が笑顔で近づいてきた。


「おお! やっぱりそうだ! 久しぶりだな!」


「……え、ええ」


 ミレアが少し戸惑いながら答える。


「戻ってきたんだな! お帰り!」


「……ただいま戻りました」


「お帰りっすって言われたっす!」


 シアが嬉しそうに笑う。


「この町で言われるとは思わなかったな」


 リトも少し驚いたようだった。


 男はそんな三人を見ながら、当然のように言った。


「ユウトさんなら、たぶん町の中心にいると思うぞ」


「……主?」


 シアが目を丸くする。


「何してるっすか?」


「さあなぁ。でも、今日も朝から相談を受けてるって聞いたぞ」


「…………」


 その言葉に、ミレアの眉が僅かに動いた。


「……相談?」


「ああ」


「……ええと」


「何だ?」


「ユウトさんは、今どのようなことをされているのでしょうか?」


「……何って」


 男は少し考え込んだ。


「……いろいろ?」


「いろいろ、とは?」


「店の揉め事とか」


「……はい」


「工房の話とか」


「……はい」


「家を貸すとか貸さないとか、そういう相談も受けてたな」


「…………」


「それから、人間族と評議会の間の話だろ?」


「……はい」


「あとは魔獣だな!」


「…………魔獣?」


 ミレアが聞き返した。


「ああ! この前も危険度Bの魔獣を倒してたぞ!」


「…………」


「…………」


「…………」


 再び、三人の間に沈黙が落ちた。


「……主っすね」


 シアが呟く。


「……アニキだな」


 リトも頷いた。


 そして――。


「…………」


 ミレアは静かに額へ手を当てた。


「……やはり、手遅れでしたか」


「……ミレアさん?」


「いえ、何でもありません」


 ミレアは小さく首を振った。


 しかし、その表情には隠しきれない疲労が浮かんでいた。


 まだ町へ入って数分しか経っていないというのに、すでに嫌な予感がしてならなかった。


 ◇


 町の中心部へ向かって歩き始めると、三人はさらに変化に気づき始めた。


「……あれ?」


 シアが一軒の商店を指さす。


「ここ、前に来た時は人間族用の入口があったっすよね?」


「……そうですね」


 ミレアも顔を向けた。


 以前は建物の脇に、小さな入口と種族を指定する札が設けられていた。


 しかし、今はその札がない。


 正面の入口からは、人間族の女性がごく普通に出入りしていた。


 その女性へ、店主らしい獣人族の男が笑顔で声を掛けている。


「……本当になくなってるっす!」


「……ああ」


 リトが頷く。


「変わったんだな」


 さらに進むと、一軒の工房の前で、獣人族と人間族の職人たちが一緒に荷物を運んでいる姿が見えた。


「そっち持ってくれ!」


「おう! せーの!」


 重い木材を二人で持ち上げ、工房の中へ運び込んでいく。


 以前にも共同作業そのものは行われていたが、そこにはどこか遠慮や壁のようなものがあった。


 しかし、目の前の二人は、互いに冗談を言い合いながら仕事をしていた。


「……随分、雰囲気が違いますね」


 ミレアが呟く。


「そうっすね!」


 シアが嬉しそうに頷いた。


「前はもっと、みんなピリピリしてたっす!」


「……ああ。特に人間族の区画の近くはな」


 リトも辺りを見渡した。


 もちろん、町全体がすっかり変わったわけではない。


 通りの端では、今も人間族へ不満そうな視線を向ける者がいる。


 商店によっては、入口の区別を残している場所もあった。


 それでも、以前のように誰もが疑いの目を向けているわけではなかった。


 少しずつではあるが、互いに歩み寄ろうとする姿が増えている。


「……ミレアさん!」


 シアが声を上げた。


「……はい?」


「なんか、いい感じになってるっすね!」


「……ええ」


 ミレアは小さく微笑んだ。


「そうですね」


 かつて、自分がこの町で感じていた息苦しさ。


 それが、ほんの少しだけ薄れているような気がした。


 ◇


 町の中心に近づくと、掲示板の前にも人だかりができていた。


 以前、評議会が人間族への待遇改善に向けた通達を出していた場所である。


 ミレアが目を向けると、そこには新しい文書が貼り出されていた。


「……あら?」


「どうしたっすか?」


「評議会からの追加の通達ですね」


 三人は掲示板へ近づいた。


 そこには、先の会談で約束されていた十日後の回答を踏まえ、今後の改善方針が記されていた。


 種族のみを理由とする不当な待遇差について、継続的に見直しを進めること。


 商店の入口を種族で区別する慣習について、撤廃に向けて協力を求めること。


 賃金や雇用については、商店や工房の経営事情も考慮しながら、仕事の内容や能力に基づく公平な基準を整えていくこと。


 そして、住居や雇用に関する相談についても、評議会が関係者から事情を聞き、改善に向けて働きかけること。


 もちろん、個人の所有物や商売上の判断まで、評議会が一方的に決められるわけではない。


 そのため、具体的な改善は各商店や工房との話し合いを重ねながら進める、と記されていた。


「……ちゃんと、話が進んでるんだな」


 リトが感心したように呟いた。


「……ええ」


 ミレアも頷く。


 最初の会談で決まったのは、あくまで双方が話し合いを続けるという方針だった。


 しかし、それから一か月。


 評議会は実際に協議を進め、少なくとも町全体へ改善を求める姿勢を示し続けている。


 それだけでも、以前のベルグラードからすれば大きな変化だった。


「……主、ちゃんとやってたんすね!」


 シアが嬉しそうに言った。


「……そうですね」


 ミレアは微笑んだ。


「ですが、これはユウトさんだけの成果ではありませんよ」


「……そうなんすか?」


「ええ。評議会の方々も、商店や工房の方々も、そして人間族の皆さんも。それぞれが自分たちの問題として向き合い始めたからこそ、ここまで進んだのでしょう」


「……なるほどっす!」


 シアが大きく頷いた。


 ミレアはもう一度掲示板へ視線を向けた。


(……本当に、変わり始めているんですね)


 胸の奥に、温かいものが広がる。


 しかし、その時だった。


「ユウトさん!」


「あとで行く!」


「こっちも頼むぞ!」


「順番なー!」


 通りの向こうから、聞き覚えのある声が響いてきた。


「…………」


 ミレアの動きが止まった。


「……主?」


 シアが顔を上げる。


「……アニキだな」


 リトも声のする方角を見る。


 三人は顔を見合わせると、急いで通りの先へ向かった。


 ◇


「だから! 一個ずつ言ってくれって!」


 町の中心部。


 小さな広場の一角で、ユウトが何人もの住民に囲まれていた。


「ユウトさん! うちの店も話を聞いてくれ!」


「昨日言ったじゃん! 今日は別のところを見るって!」


「でも、あっちはもう話がまとまったんだろ?」


「まとまったけど!」


「じゃあ、こっちも頼むよ!」


「なんで俺なんだよ!」


「ユウトさんなら、ちゃんと両方の話を聞いてくれるだろ!」


「…………」


 ユウトが止まった。


「……そりゃ、聞くけどさ」


「ほら!」


「ほらじゃない!」


 住民たちから笑い声が上がる。


 その少し離れたところでは、シエルが腕を組んで様子を眺めていた。


 もっとも、ただ見ているだけではない。


 手には何枚かの紙が握られており、どうやら相談を受ける順番を整理しているらしい。


「……シエルさん!」


 ミレアが声を掛ける。


「……ん?」


 シエルが振り返った。


 そして、三人の姿に気づくと、少し驚いたように目を丸くした。


「あら」


「帰ったっすー!」


 シアが勢いよく手を振る。


「……お帰りなさい」


 シエルが微笑んだ。


「ただいまっす!」


「お疲れ様。無事に戻れてよかったわ」


 その声に、ユウトも振り返った。


「……ん?」


 三人を見つけた瞬間、その表情がぱっと明るくなる。


「あっ!」


「主ー!」


「帰ってきた!」


 ユウトは慌てて人混みから抜け出した。


「おかえり!」


「ただいまっす!」


 シアが嬉しそうに駆け寄る。


「お疲れ!」


 ユウトがリトへ笑いかけた。


「……アニキもな」


「……何が?」


「見りゃ分かるだろ」


「……?」


 ユウトが首を傾げる。


 その様子を、ミレアはしばらく黙って見つめていた。


 出発する前と、ユウトの様子は何も変わっていない。


 いつもの笑顔、いつもの軽い口調。


 そして、相変わらず何も考えていなさそうな表情。


 しかし――。


 周囲の状況だけが、明らかに変わっていた。


「……ユウトさん」


「……ん?」


「私たちがいない間に、何があったんですか?」


「……何って?」


 ユウトが首を傾げる。


 ミレアは周囲を見回した。


「どうして、町の皆さんがこんなにあなたを頼っているんです?」


「……さあ?」


「……さあ?」


「なんか、いつの間にか相談されるようになったんだよなぁ」


「『なんか』で済ませないでください」


「でも本当だよ!?」


 ユウトが困ったように笑う。


「最初は店の入口とか賃金の話だったんだけどさ、最近は家の貸し借りとか、工房の仕事のこととか、いろいろ聞かれるようになっちゃって」


「……家の貸し借り?」


「うん!」


「……それはまた、随分と幅広いですね」


 ミレアが額に手を当てる。


 すると、シエルが横から補足した。


「最初は、評議会の通達に関する相談がほとんどだったのよ」


「……はい」


「でも、話を聞いているうちに、別の問題も持ち込まれるようになったの」


「……別の問題?」


「商売のことだったり、仕事の条件だったり、住居の貸し借りだったりね」


 シエルはユウトへ視線を向けた。


「本人が全部引き受けるものだから、今では町の相談窓口みたいになっているわ」


「……やっぱり」


 ミレアが小さく呟く。


「……何がやっぱり!?」


 ユウトが抗議した。


 すると、リトが声を上げて笑う。


「ガッハッハ! アニキ、もう完全に町の相談役じゃねぇか!」


「……相談役?」


「ああ!」


「そんなの頼まれてないけど」


「いや、今も頼まれてただろ!」


「……そうだけど!」


「本当に自覚ねぇんだな……」


 リトが呆れたように頭を掻いた。


 その横でシアが、ユウトをじっと見つめていた。


「……主」


「……何?」


「……一体、何になったっすか?」


「何が!?」


「だって、前より明らかにみんな主のこと頼ってるっす!」


「……そうなんだよ!」


「本人も分かってたっすか!?」


「最近、忙しいなぁとは思ってた!」


「そういう意味じゃないっす!」


「じゃあ、どういう意味!?」


 そのやり取りに、シエルが思わず吹き出した。


「……相変わらずね、あなたたち」


「シエルまで笑うなよ!」


「ふふっ。だって、本当に変わらないんだもの」


 ミレアも小さく苦笑した。


 しかし、彼女にはもう一つ気になっていることがあった。


「……それと、ユウトさん」


「……ん?」


「危険度Bの魔獣を討伐されたと聞きました」


「……ああ!」


 ユウトが手を叩く。


「アイアンホーンベアな!」


「……アイアンホーンベア?」


 リトが目を見開いた。


「アニキ、あんなの倒したのか!?」


「……うん!」


「この辺じゃ、相当危険な魔獣だぞ!」


「そうらしいな!」


「そうらしいな、って……」


 リトが頭を抱えた。


 ミレアは落ち着いた声で尋ねた。


「……一応、確認しますが」


「……何?」


「何人で討伐されたんですか?」


「……俺一人!」


「…………」


「シエルも一緒だったけど、見てただけだよ!」


「……またその言い方?」


 シエルが呆れたように口を挟む。


「でも本当じゃん!」


「…………」


 ミレアは静かに目を閉じた。


「……危険度Bを、一人で……」


「ちゃんと畑も守ったよ!」


「……畑?」


「うん! 近くに畑があったから、森の奥まで誘導してから倒した!」


「…………」


「それでさ、持って帰ったら結構いい素材になったんだよ!」


「……そこは聞いていません」


「……そう?」


 ユウトが首を傾げる。


 シアはそんなユウトを見ながら、嬉しそうに笑っていた。


「……やっぱり主っすね!」


「……何が?」


「危険度Bでもいつも通りっす!」


「だって、そんなに強くなかったし」


「……普通は強いんだよ、アニキ」


 リトが呆れたように答えた。


 ◇


 ひとしきり再会を喜んだところで、ミレアは改めてシエルへ向き直った。


「……シエルさん」


「……何?」


「本当に、どうしてこうなったんでしょう?」


「……本人が全部引き受けたからよ」


「……やっぱり」


 ミレアは深く息を吐いた。


 すると、シエルが少しだけ表情を和らげる。


「でも、悪いことばかりではないわ」


「……そうなのですか?」


「ええ」


 シエルは周囲の通りを見渡した。


「見たでしょう? 町の雰囲気も、随分変わってきたのよ」


「……はい」


「評議会も約束通り十日後に最初の回答を出したし、その後も改善へ向けた話し合いを続けているわ」


「……そうですね。掲示板で確認しました」


「商店や工房も、少しずつ対応を変え始めている。もちろん、まだ反発しているところもあるけれどね」


 シエルは続ける。


「それに、人間族の側も以前より落ち着いてきているわ。カイルたちも話し合いを続けていて、武器については自主的に保管する者が増えたそうよ」


「……そうですか」


 ミレアが頷く。


「正式な武装解除までは、まだ進んでいないんですよね?」


「ええ。そこは慎重に進めているみたい。でも、少なくとも今は武力に訴えようという動きは抑えられているわ」


「……それは何よりです」


 ミレアはほっと息を吐いた。


 そこへ、ユウトが話に加わった。


「あとさ!」


「……はい?」


「最近、評議会の人たちも結構頑張ってるんだよ!」


「……そうなのですか?」


「うん! 前は何かあると『検討する』って言って終わってたんだけど、最近はいつまでに何をするか、ちゃんと話してくれるようになった!」


 ユウトが嬉しそうに笑う。


「もちろん、すぐにできないこともあるけどさ。前より話が進むようになったと思うんだよな!」


「……なるほど」


 ミレアは静かに頷いた。


 かつてのベルグラードでは、評議会に訴えたところで何も変わらないと考える者が多かった。


 しかし、今は違う。


 評議会が対応を示し、商店や工房が動き、人間族もその進捗を確認しようとしている。


 そして、何か問題があれば、再び話し合う。


 その流れが、少しずつ町の中に生まれ始めていた。


「……ユウトさん」


「……ん?」


「本当に、随分と町が変わりましたね」


「……そう?」


「ええ」


 ミレアは小さく微笑んだ。


「少なくとも、私がここを離れる前とは違います」


「……そっか!」


 ユウトも嬉しそうに笑った。


「なら、よかった!」


 その笑顔を見て、ミレアは少しだけ胸が温かくなった。


 ユウトは、誰かに感謝されるために動いているわけではないのだろう。


 ただ、困っている人がいたから助けた。


 話を聞いてほしいと言われたから、話を聞いた。


 そうしているうちに、少しずつ町が変わり始めた。


(……本当に、不思議な方ですね)


 ミレアは静かに微笑んだ。


 しかし、そこで思い出したように口を開く。


「……そうでした」


「……何?」


「ギルド長からのお返事をお伝えしなければなりません」


「……あ!」


 ユウトが手を叩いた。


「ヴァルドさん、何て言ってた!?」


「……まず、ギルドとして正式な仲介役を引き受けることはできないそうです」


「……そっか」


 ユウトは小さく頷いた。


「まあ、アルヴェインのギルドだもんな」


「……はい。ベルグラードの問題へ、組織として直接介入することはできないとの判断でした」


「……なるほど」


「ですが、ユウトさんが個人として協力を続けることまでは止めないそうです」


「……おお!」


 ユウトの表情が明るくなる。


「じゃあ、今までみたいに話を聞くのはいいんだな!」


「……はい。ただし」


 ミレアの声が僅かに低くなる。


「ギルドが保証するような約束を、勝手に交わしてはいけません」


「……分かってるって!」


「それから、引き受けられないことはきちんと断ってください」


「……うん!」


「無理に全部背負わないでくださいね」


「……分かってるよ!」


 ユウトが元気よく答えた。


 しかし、その返事を聞いたミレアは、すぐに安心することができなかった。


 何故なら――。


「……ユウトさん!」


 まるで示し合わせたかのように、通りの向こうから声が響いたからだ。


「……ほら、また来たっす!」


 シアが指さす。


「……今度は何!?」


 ユウトが振り返る。


 そこには、一人の人間族の男が駆け寄ってきていた。


「悪い! ちょっと来てもらえないか!」


「……何があったの?」


「東側の商店で、納品した商品の代金について揉めてるんだ!」


「……また!?」


「ああ! 店の主人と職人で話が食い違ってて、どうにもならねぇんだよ!」


「……なるほど」


 ユウトは少し考え込んだ。


 そして――。


「……分かりました」


 その声が、静かに変わった。


「まずは双方のお話を伺いましょう。ただし、こちらで一方的に結論を決めることはできませんので、その点はご了承ください」


「……あ、ああ!」


「それと、納品した商品の内容と、最初に取り決めた条件が分かるものがあれば、用意しておいていただけますか?」


「……条件?」


「はい。何を、いつ、いくらで納める約束だったのか。それが分からなければ、どこに食い違いがあるのか判断できませんから」


「……わ、分かった!」


 男が勢いよく頷く。


 そのやり取りを見ていたシアが、リトの袖を引っ張った。


「……リト」


「……なんだ?」


「仕事人の主っす!」


「……ああ」


 リトが小さく笑った。


「久しぶりに見たな」


 ミレアも、思わずユウトの顔を見つめていた。


 昨日まで騒いでいたはずの青年が、話し合いの場になると突然落ち着いた態度へ切り替わる。


 評議会で見せた、あの姿。


 どうやら、この一か月の間にも何度も繰り返されていたらしい。


「……それでは、案内をお願いします」


 ユウトが男へ声を掛けた。


「おう! こっちだ!」


「……あ、シエル!」


 次の瞬間、ユウトの声がいつもの調子に戻った。


「来て!」


「……はいはい」


 シエルが呆れたように笑う。


「ちょっと待ちなさい」


 その時、ミレアが声を掛けた。


「……ん?」


「ユウトさん」


「……何?」


「私、今しがた『引き受けられないことは断ってください』とお伝えしましたよね?」


「……うん!」


「…………」


「……何?」


「……今、何をされました?」


「……相談を受けた!」


「……ですよね」


 ミレアが額に手を当てた。


「でも、話を聞くだけだよ?」


「……本当に、それだけで済みますか?」


「……たぶん!」


「…………」


 ミレアは静かに目を閉じた。


「……ミレアさん」


 リトが苦笑する。


「……何でしょう?」


「アニキですから」


「主っすから!」


 シアも元気よく頷いた。


「…………」


 ミレアは何も言えなかった。


「……じゃあ行ってくる!」


 ユウトが笑顔で手を振る。


「おう! 頑張れよ、アニキ!」


「主! また仕事増えたっすね!」


「なんでだよ!」


「あなたが引き受けたからでしょう?」


 シエルが笑いながら答える。


「……俺か!」


「あなたよ」


 そんなやり取りを交わしながら、ユウトとシエルは男の後を追って走り出した。


「…………」


 残された三人は、その背中を見送っていた。


「……ミレアさん」


 シアが静かに声を掛ける。


「……何でしょう?」


「……どうするっすか?」


「……何がです?」


「主、このままにしておいて大丈夫っすか?」


「…………」


 ミレアはしばらく考え込んだ。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「……今さら、止められると思いますか?」


「……思わないっす」


「俺もです」


 リトも即答した。


「……ですよね」


 三人の間に、妙な納得が広がった。


 それでも、ミレアの表情は先ほどまでとは少し違っていた。


 町の人々が、ユウトを頼りにしている。


 その事実は、決して悪いことではない。


 ただ、いつまでもユウト一人に頼り続けるわけにはいかないだろう。


 彼は、この町の住民ではない。


 いつかはベルグラードを離れる時が来る。


 その時、また元の状態へ戻ってしまっては意味がない。


(……やはり、町の皆さん自身で問題を解決できるようにする必要がありますね)


 ミレアは静かに息を吐いた。


 そして、シアとリトへ向き直る。


「……まずは、宿へ荷物を置きましょう」


「了解っす!」


「おう!」


「その後、評議会とカイルさんたちのところへ、改めて話を聞きに行こうと思います」


「……お?」


 リトが顔を上げる。


「俺たちも手伝う感じですか?」


「……ええ」


 ミレアは微笑んだ。


「ユウトさんたちに、すべて任せるわけにはいきませんからね」


「……なるほど!」


 シアが嬉しそうに頷く。


「あーしも手伝うっす!」


「……ありがとうございます」


 ミレアは小さく笑った。


 ベルグラードは、確かに変わり始めていた。


 しかし、その変化を一時的なもので終わらせないためには、まだやるべきことがある。


 ユウトがいなくても、住民たちが互いに話し合い、問題を解決していける町へ。


 そのための次の一歩が、少しずつ見え始めていた。


 ◇


 その日の夕方。


 ベルグラードから少し離れた、小高い丘の上。


 そこに、一つの人影が立っていた。


 夕日に照らされた町の城壁を、静かに見下ろしている。


「……ここか」


 低い声が、風に混じって消えた。


 男の背には、黒い翼が折り畳まれていた。


 その姿は人間族に近いものの、明らかに普通の人間ではない。


 全身から漂う異質な気配は、町の住民たちが日常的に目にする種族のものとは違っていた。


 男はしばらくベルグラードを眺めていた。


 城門から出入りする荷車。


 通りを歩く人々。


 夕暮れを迎え、家路へ急ぐ者たち。


 遠くから見れば、どこにでもある平穏な町だった。


 しかし――。


「……随分と、落ち着いているな」


 男が静かに呟いた。


 聞いていた話では、この地には種族間の対立があり、人間族の一部が武器を集めているという。


 ところが今、町からは大きな争いの気配が感じられない。


 それどころか、何かが少しずつ変わり始めているようだった。


「……なるほど」


 男は目を細めた。


「すでに、この地へ根を張り始めているということか」


 その声には、僅かな興味が滲んでいた。


 風が吹き、背に折り畳まれた黒い翼が微かに揺れる。


「……ゴルダン様の報告通りなら」


 男は町の中心へ視線を向けた。


「ここに、いるはずだ」


 その口元が、僅かに歪む。


「……終焉竜が」


 夕日が沈み、丘の上へ長い影が伸びていく。


「さて……」


 男はゆっくりと翼を広げた。


「どのような存在なのか、確かめさせてもらおう」


 次の瞬間、黒い影は丘の上から姿を消した。


 ベルグラードでは、まだ誰もその存在に気づいていない。


 町の人々は、いつも通りの夕暮れを迎えていた。


 商店では店じまいが始まり、工房からは仕事を終えた職人たちが出てくる。


 そして、その中心では――。


「……シエル!」


「今度は何?」


「今日、みんな帰ってきたしさ!」


「……ええ」


「久しぶりに五人でご飯食べようぜ!」


「……そうね」


 シエルが微笑んだ。


「それはいい考えだと思うわ」


「……だろ!?」


 ユウトも嬉しそうに笑う。


 長い間、二人だけで過ごしていたベルグラード。


 そこへ、ようやく仲間たちが戻ってきた。


 今日くらいは、みんなでゆっくり食事をしてもいいだろう。


「……よし!」


 ユウトは大きく伸びをした。


「じゃあ、今日は仕事終わり!」


「……まだ一件、返事を待っている人がいるんじゃなかった?」


「…………」


 ユウトの動きが止まった。


「……あ」


「忘れていたのね」


「……忘れてた!」


「……まったく」


 シエルが呆れたように笑う。


「急いで行ってきなさい。私は先に宿で三人を待っているわ」


「……了解!」


 ユウトは元気よく手を振ると、通りの向こうへ駆け出した。


「……仕事、終わんねぇ!」


 その叫びに、道端の住民たちが楽しそうに笑う。


 少しずつ変わり始めたベルグラード。


 その中心にいる青年は、相変わらず忙しい日々を送っていた。


 そして、そんな平穏な日常のすぐ近くまで、新たな影が迫っていることを、まだ誰も知らなかった。

第315話をお読みいただき、ありがとうございます!


すっかりベルグラードで頼られる存在となったユウト。


しかし、その様子を遠くから見つめる新たな影が――。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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