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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百十四話 その頃ユウトは

アルヴェインでミレアたちが報告をしていた頃。


ベルグラードでは、ユウトへの信頼がさらに高まりつつありました。


そんな中、再び町に警鐘が鳴り響きます――。

『どうか、これ以上大きなことになっていませんように』


 アルヴェインの冒険者ギルドで、ミレアがそんな願いを口にしていた――。


 その頃。


「ユウトさん!」


「今度は何!?」


 ベルグラードの大通りでは、ユウトが一人の獣人族の男に呼び止められていた。


 もっとも、呼び止められたのはこれが初めてではない。


 朝からすでに何度も声を掛けられ、町のあちこちを行ったり来たりしているのである。


「東の工房で、また揉め事が起きてるんだ!」


「さっき西の商店の話が終わったばっかりだぞ!?」


「悪い! でも、ちょっと相談に乗ってくれないか?」


「……何があったの?」


「賃金の見直しについてなんだが、工房の主人と従業員で意見が食い違ってるらしい」


「あー……またその話かぁ」


 ユウトは頭を掻いた。


 ベルグラードでは、評議会が出した通達を受けて、少しずつ人間族への待遇を見直す動きが広がっていた。


 しかし、実際に何かを変えようとすれば、それまで表に出ていなかった問題も見えてくる。


 賃金を変更すれば、他の従業員から不満が出る。


 住居の貸し出しを見直せば、今度は所有者と借主の間で条件が合わなくなる。


 商店で入口の区別をやめれば、古くからの客の一部が反発する。


 何か一つ変えるたびに、別の問題が持ち上がってくるのだった。


「……それで、俺に話を聞いてほしいって?」


「ああ。あんたなら、両方の話を聞いてくれるだろ?」


「……まあ、聞くくらいならいいけどさ」


「本当か!? 助かる!」


 男の表情が明るくなった。


「じゃあ、工房の連中には少し待っててもらうよう伝えてくる!」


「……え?」


 ユウトが聞き返すより早く、男は東の通りへ駆けていった。


「…………」


 取り残されたユウトが、ゆっくりと隣を見る。


「……なあ、シエル」


「何?」


「俺、今から行くって言ったっけ?」


「話を聞くとは言ったわね」


「……だよな?」


「相手には、引き受けたように聞こえたんでしょう」


「……そうなの!?」


 シエルが小さくため息を吐いた。


「あなた、もう完全に相談窓口になっているわよ」


「なんで!?」


「自分で引き受けているからでしょう」


「だって困ってるって言うから!」


「だからよ」


「……?」


 ユウトが首を傾げる。


 シエルはしばらくその顔を見つめたあと、諦めたように首を振った。


「……もういいわ」


「また諦めた!?」


 そんなやり取りを交わしながら、二人は東の工房へ向かって歩き始めた。


 シアたちがアルヴェインへ向かってから、すでに数日が経過している。


 その間にも、ベルグラードの町は少しずつ変わり始めていた。


 人間族専用の入口を撤去する商店が増え、工房では賃金の見直しについて話し合いが行われるようになった。


 以前は人間族に家を貸すことを拒んでいた所有者の中にも、条件次第では貸し出しを検討してよいと考える者が現れ始めている。


 もちろん、すべてが順調というわけではない。


 長年続いてきた慣習に反発する者もいれば、評議会の対応を信用できず、武器を手放すことに慎重な人間族もいる。


 しかし、少なくとも以前のように、最初から話し合いそのものを拒む者は減りつつあった。


 その変化の中で、少しずつ増えてきたのが――。


『ユウトさんに聞いてみよう』


 という声だった。


 商店の主人と客。


 工房の雇い主と従業員。


 家を貸したい者と借りたい者。


 意見が食い違い、自分たちだけでは話が進まなくなると、誰かがユウトの名前を口にするようになっていたのである。


「……なあ、シエル」


「今度は何?」


「最近さ、評議会より俺のところに来る人、多くない?」


「……気のせいじゃないわね」


「なんで?」


「少なくとも、あなたなら公平に話を聞いてくれると思われているんでしょう」


「……そうなの?」


「ええ。それに――」


 シエルは小さく笑った。


「あなたに延々と質問されるくらいなら、最初から正直に事情を説明した方が早いと学習したのかもしれないわね」


「どういう意味だよ!」


「そのままの意味よ」


「俺、そんなに質問してる!?」


「してるわよ」


「……そう?」


 ユウトは少しだけ考え込んだ。


 確かに、話し合いの場では相手に質問することが多い。


 しかし、それは事情が分からなければ何をすればいいのか判断できないからだった。


 相手が何に困っているのか。


 どうして意見が食い違っているのか。


 何が変えられて、何が変えられないのか。


 それを確認しているうちに、自然と質問が増えてしまうのである。


(……まあ、昔からこんな感じだった気もするけど)


 ユウトは前世の仕事を思い出し、小さく笑った。


 そんな二人が、東の工房へ向かおうとした――。


 その時だった。


 ――カン! カン! カン!


「……ん?」


 町の奥から、激しく鐘を打ち鳴らす音が響いた。


 ユウトとシエルが同時に顔を上げる。


「……また?」


「警鐘ね」


「この前も鳴ったよな?」


「ええ。南門でグランドライノが出た時ね」


 鐘の音は、短い間隔で何度も続いていた。


 通りにいた住民たちも足を止め、音のする方角へ視線を向ける。


「おい! 今度はどこだ!?」


「北門らしいぞ!」


「魔獣か!?」


「詳しいことは分からん! とにかく警備の連中が集まってる!」


 次々と声が上がり、町の空気が一気に緊迫したものへ変わっていった。


 しかし、前回とは少しだけ違うことがあった。


「……ユウトは!?」


「……え?」


 ユウトが首を傾げる。


 通りの向こうから、誰かが叫んでいた。


「ユウトさん! 誰かユウトさんを知らないか!」


「いたぞ! あそこだ!」


「……え!?」


 ユウトが思わず周囲を見回す。


「なんで俺、探されてんの!?」


 すると、先ほどまで荷車を押していた獣人族の男が駆け寄ってきた。


「ユウトさん! 北門へ来てくれ!」


「……何が出たんだよ!?」


「まだ詳しく分からねぇんだ! ただ、かなり危険な魔獣らしい!」


「分からないの!?」


「警備の連中が応援を集めてる! 頼む!」


 男は必死だった。


 その様子を見て、ユウトはシエルへ視線を向けた。


「……どうする?」


「行けば分かるでしょう。急ぐわよ」


「……あいよ!」


 二人は顔を見合わせると、北門へ向かって駆け出した。


 すると、その背中へ向けて住民たちの声が響く。


「ユウトさんが行ったぞ!」


「……なら、大丈夫か?」


「まだ分からんだろ! 何が出たのかも聞いてねぇんだぞ!」


「でも、あの二人はグランドライノ四体を一瞬で倒したんだろ?」


「……それもそうか」


 まだ、不安そうな顔をしている者は多い。


 しかし、その中には僅かな安堵を浮かべる者もいた。


 以前であれば、危険な魔獣が出現したという知らせを聞けば、ただ恐れるしかなかった。


 だが今は違う。


 あの二人が向かってくれた。


 その事実が、少しだけ人々の気持ちを落ち着かせていたのである。


 ◇


 ベルグラード北門。


「おい! もっと人を集めろ!」


「森の近くには誰も近づけるな!」


「畑の作業員たちにも知らせろ!」


 門の前では、十人ほどの男たちが武器を手に集まっていた。


 人間族。


 獣人族。


 鬼人族。


 その顔ぶれは様々だったが、全員が同じ方向を警戒している。


「……来たぞ!」


 一人の男がユウトたちに気づいた。


「ユウト! 遅いぞ!」


「俺たち、呼ばれて来たんだけど!?」


「……それはそうだ!」


「なんなんだよ!」


 ユウトが抗議すると、周囲の男たちから思わず笑いが漏れた。


 しかし、その表情はすぐに真剣なものへ戻る。


「……それで、何が出たの?」


 ユウトが尋ねた。


「アイアンホーンベアだ!」


「……熊?」


「ああ!」


 答えた獣人族の男が頷く。


「危険度Bの魔獣だ!」


「……B?」


 ユウトが首を傾げる。


「この辺りじゃ滅多に出ない魔獣だぞ! 黒鉄みたいな毛皮と巨大な角を持っていて、普通の武器じゃ簡単に傷つけられねぇ!」


「……なるほど」


「しかも相当でかいらしい。町の警備戦力だけで簡単に倒せる相手じゃねぇんだ!」


「……強いんだな」


「そういう問題じゃねぇよ!」


「……何が?」


「危険度Bだぞ!? この辺りの魔獣とは比べ物にならねぇって言ってるんだ!」


「……あー」


 ユウトが頷く。


 その反応に、男は頭を抱えた。


「……またそれか!」


「またって何!?」


「この前のグランドライノの時も、そんな感じだったって聞いたぞ!」


「……そうだっけ?」


「……お前なぁ!」


 男が呆れる横で、シエルは北門の外へ視線を向けていた。


「……場所は?」


「北東の森だ」


 別の男が答える。


「今のところ町へ向かってくる様子はないが、森の中で木を倒して暴れているらしい」


「……森の中ね」


 シエルが小さく頷いた。


「近くに民家はあるのかしら?」


「民家は少ない。だが――」


 男の表情が曇る。


「森の手前に畑がある」


「……畑?」


 ユウトが顔を上げた。


「ああ。町の食料を作ってる畑だ。あそこまで魔獣が出てきたら、相当な被害が出る」


「……なるほど」


「だから、今のうちに何とかしたいんだが……」


 男は森の方角を見つめた。


「危険度Bともなると、下手に近づくわけにもいかねぇ」


 ユウトは少し考え込んだ。


 魔獣を倒すこと自体は、それほど難しくないだろう。


 しかし、畑が近くにあるとなれば話は別だった。


 大きな魔獣が暴れれば、せっかく育てている作物が踏み荒らされてしまうかもしれない。


 それは町の人々にとって、大きな損失になるはずだ。


「……シエル」


「何?」


「先に森で止めた方がいいよな?」


「そうね。畑へ出てくる前に対処した方が安全でしょう」


「……だよな!」


 ユウトが頷いた。


「じゃあ、行ってくる!」


「……待て!」


 男の一人が、慌てて二人の前へ出た。


「お前ら、二人だけで行くつもりか!?」


「……うん」


「相手は危険度Bだぞ!」


「さっき聞いたよ!」


「お前、Eランクだろ!? なんでそんな自信満々なんだよ!」


「……この前も言われたなぁ」


「言われるに決まってるだろ!」


 男が声を荒らげる。


 しかし、別の獣人族の男が静かに口を開いた。


「……いや」


「……何だ?」


「こいつらなら、本当に何とかできるんじゃないか?」


「……は?」


「南門のグランドライノ四体を倒したんだろ? それも、ほとんど一瞬で」


「……だが、今度は危険度Bだぞ!」


「分かってる。だが、俺たちだけで向かうよりは……」


 男は言葉を止めた。


 その場にいた者たちが、ユウトとシエルへ視線を向ける。


 実際に戦っている姿を見た者もいれば、噂でしか知らない者もいる。


 しかし、少なくともグランドライノが四体とも討伐されたことは、すでに確認されていた。


「…………」


 ユウトが首を傾げる。


「……一緒に来る?」


「……え?」


 男たちが驚いたように顔を上げた。


「心配なら、一緒に来てもいいけど」


「……いや、それは……」


「でも、危ないと思うよ?」


「…………」


「俺たちだけで行った方が早いと思うし、みんなは畑の近くに人がいないか確認してくれない?」


 ユウトは森の方角を指さした。


「もし魔獣がこっちへ向かってきたら、畑で働いてる人たちが危ないだろ?」


「……ああ」


 男たちが頷く。


「そっちは任せてくれ。作業員を避難させておく」


「……よろしく!」


 ユウトが笑った。


「それじゃ、行ってくる!」


「……ユウト」


 シエルが声を掛ける。


「……何?」


「もう行くわよ」


「……あ、そうだな!」


 二人は北門を抜け、森の方角へ駆け出した。


「……お、おい!」


 見送っていた男が思わず声を上げる。


「本当に二人だけで行っちまったぞ!」


「……ああ」


「危険度Bだぞ……?」


 すると、隣にいた獣人族の男が小さく笑った。


「……なあ」


「……何だ?」


「あいつ、本当にEランクなのか?」


「……もう誰も信じてねぇだろ、それ」


「……だよなぁ」


 男たちは顔を見合わせた。


 そして、すぐに畑の作業員たちを避難させるため、それぞれ動き始めた。


 ◇


 北東の森。


 木々の間を進んでいたユウトとシエルは、周囲に響く鈍い音へ耳を澄ませていた。


 ――ドォン!


 少し離れた場所で、何かが倒れるような音が響く。


「……近いな」


「ええ」


 二人は足を速めた。


 森の中には、いくつもの折れた枝が散乱している。


 太い木の幹には何かがぶつかったような跡が残され、地面には大きな足跡が刻まれていた。


「……随分暴れてるみたいだな」


「そうね。あまり町の方へ近づかせたくないわ」


「……だよな」


 さらに進むと、木々の向こうから低い唸り声が聞こえてきた。


「……いた」


 ユウトが足を止める。


 その視線の先には、一体の巨大な魔獣がいた。


 アイアンホーンベア。


 黒鉄のような光沢を持つ毛皮に覆われた巨体。


 額からは一本の太い角が伸び、その先端は鋭く尖っている。


 体長は三メートルを優に超え、太い四肢には凄まじい力が宿っていることが見て取れた。


 その周囲では、すでに何本もの木が折れ、地面が大きく抉られていた。


「……でかいな」


 ユウトが感心したように呟く。


「そうね」


「アーマードベアより大きい?」


「……少し大きいかしら」


「……へぇ」


 ユウトは興味深そうに魔獣を眺めた。


 すると、アイアンホーンベアがこちらへ顔を向けた。


「……グルルルル」


 低い唸り声。


 鋭い目が、二人を捉える。


「……怒ってる?」


「見れば分かるでしょう」


「聞いただけだよ!」


 ユウトが抗議した直後。


「グオォォォォ!」


 アイアンホーンベアが大きく咆哮した。


 その巨体が地面を蹴り、二人へ向かって突進してくる。


「……来るわよ」


「……おう!」


 ユウトは迎え撃とうとして――。


「……あっ!」


 何かを思い出したように声を上げた。


「ちょっと待った!」


「……何?」


 次の瞬間、ユウトは横へ大きく跳んだ。


 アイアンホーンベアは勢い余って木の幹へ激突し、そのまま幹をへし折ってしまう。


 ――バキィッ!


「……おお」


 ユウトが目を丸くする。


「結構すごいな!」


「感心している場合じゃないでしょう?」


 シエルが呆れたように言った。


 しかし、ユウトは魔獣を倒そうとせず、さらに森の奥へ向かって移動し始めた。


「……ユウト?」


「こっちこっち!」


「……何をしているの?」


「ちょっと場所を変える!」


「……場所?」


 シエルが首を傾げる。


「だってさ、畑ってあっちの方だろ?」


 ユウトが森の外を指さした。


「……ええ」


「この辺で暴れさせたら、畑の方まで行っちゃうかもしれないじゃん」


「…………」


「それに、あんなでかいの投げたら木とか倒れそうだしさ」


 ユウトは、先ほど折れた木へ視線を向けた。


「だから、もうちょっと森の奥に誘導しようと思って!」


 シエルは一瞬だけ黙った。


 そして、小さく笑う。


「……なるほどね」


「……何?」


「いえ。ちゃんと考えていたのね」


「失礼だな!?」


「褒めているのよ」


「絶対違うだろ!」


 そんなことを話している間にも、アイアンホーンベアが再び突進してくる。


 ユウトは軽く跳び上がり、魔獣の攻撃を避けた。


「……こっち!」


「グオォォォォ!」


 巨大な熊型の魔獣が、怒りに任せて追いかけてくる。


 ユウトはその攻撃を躱しながら、少しずつ森の奥へ進んでいった。


 もちろん、普通の冒険者であれば、危険度Bの魔獣を相手にそんなことはできない。


 一瞬でも判断を誤れば、巨体の一撃を受けてしまうからだ。


 しかし、ユウトにとっては違った。


「……おっと!」


 振り下ろされた前脚を軽く避ける。


 続いて突き出された角を躱し、近くの木の枝へ跳び移る。


「……こっちだぞー!」


「グオォォォォ!」


「……ちゃんとついてきてる!」


 ユウトは振り返りながら笑った。


 その様子を見ていたシエルが、呆れたように口を開く。


「……随分楽しそうね」


「楽しくないよ!」


「そうは見えないけれど?」


「畑守るために頑張ってるんだって!」


「……はいはい」


「絶対信じてないだろ!」


 シエルは小さく笑いながら、ユウトの後を追った。


 しばらく進むと、周囲の木々が少なくなり、少し開けた場所へ出た。


 森の奥にある、岩がいくつも転がった場所だった。


 畑からは十分に離れている。


「……この辺ならいいかな?」


 ユウトが振り返る。


「ええ。ここなら大きな被害も出ないでしょう」


「……よし!」


 その言葉を聞くと、ユウトはようやく魔獣へ向き直った。


 アイアンホーンベアは、目の前の獲物が逃げるのをやめたことに気づいたのか、大きく鼻息を荒らげている。


「……グルルルル」


「……さて」


 ユウトは軽く腕を回した。


「そろそろ終わらせるか!」


 直後。


「グオォォォォ!」


 アイアンホーンベアが地面を蹴った。


 巨大な角を突き出し、一直線にユウトへ迫ってくる。


 しかし――。


「……おっと!」


 ユウトはその角を、真正面から掴んだ。


 ――ドンッ!


 地面が僅かに抉れ、砂埃が舞い上がる。


 それでも、アイアンホーンベアの巨体はユウトの前でぴたりと止まっていた。


「……グオォォォォ!?」


 魔獣が暴れる。


 しかし、掴まれた角はまったく動かない。


「……おお!」


 ユウトが感心したように声を上げた。


「結構力あるな!」


「……まだ余裕がありそうね」


 シエルが少し離れた場所から声を掛ける。


「まあ、前より強くなってるからな!」


 ユウトが笑った。


 アイアンホーンベアは何度も身体を揺さぶり、角を引き抜こうとする。


 しかし、ユウトの足は一歩も動かなかった。


「……んじゃ!」


 ユウトは角を掴んだまま、ゆっくりと身体を捻った。


「……ほいっ!」


 次の瞬間。


 巨大な魔獣の身体が、宙を舞った。


「グオォォォォ!?」


 アイアンホーンベアは一瞬、何が起きたのか分からないように四肢をばたつかせた。


 しかし、その巨体はすでに地面から大きく浮き上がっている。


 そして――。


 ――ズドォォォン!!


 凄まじい衝撃音とともに、地面へ叩きつけられた。


 岩が砕け、土煙が舞い上がる。


 しばらくして砂埃が収まると、そこには仰向けに倒れたアイアンホーンベアの姿があった。


「…………」


 魔獣は、もう動かなかった。


「……お?」


 ユウトが少しだけ首を傾げる。


「まだ動くかな?」


「……動かないわね」


「……終わり?」


「ええ」


「……あれ?」


 ユウトは倒れた魔獣を見つめた。


「俺一人で終わっちゃった」


「私が手を出す必要もなかったもの」


 シエルが答える。


「ちょっとくらい手伝ってよ!」


「十分だったでしょう?」


「そうだけどさ!」


 ユウトは不満そうに頬を膨らませた。


 しかし、すぐに気を取り直して魔獣へ近づく。


「……さて」


 黒鉄のような毛皮と、額から伸びる大きな角。


 グランドライノとは違う特徴を持つ魔獣だけに、何か使える能力があるかもしれない。


(……補佐機構、解析できる?)


《――対象の解析を開始します》


 ユウトは倒れた魔獣を眺めながら、しばらく待った。


《――解析完了》


《――取得可能なスキルは確認できません》


「……またなし!」


 ユウトが思わず声を上げた。


「残念だったわね」


 シエルが小さく笑う。


「最近、ハズレ多いなぁ」


「何でも手に入る方がおかしいのよ」


「……それもそうか」


 ユウトは少し考えたあと、改めてアイアンホーンベアを見下ろした。


「……でも、こいつ結構珍しいんだよな?」


「そうみたいね」


「……じゃあ、持って帰ってみるか!」


「……え?」


 シエルが目を瞬かせる。


「何かの素材になるかもしれないし!」


「……こんな大きな魔獣を?」


「うん!」


「……本気?」


「もちろん!」


 ユウトは当然のように頷いた。


 シエルは大きくため息を吐いた。


「……運ぶなら、あなたが運んでね」


「……えー!」


「私は手伝わないわよ」


「少しくらい手伝ってよ!」


「あなたが持って帰りたいと言ったんでしょう?」


「……そうだけどさ!」


 ユウトは不満そうに呟きながらも、巨大な魔獣の身体へ手を伸ばした。


 そして――。


「……よいしょ!」


 その巨体を、軽々と持ち上げた。


「…………」


 シエルがじっと見つめる。


「……何?」


「……本当に、何でもありね」


「なんで!?」


「普通は、それを持ち上げられないのよ」


「……そうなの?」


「……もういいわ」


 シエルは呆れたように首を振った。


 こうして二人は、巨大なアイアンホーンベアを抱えたままベルグラードへ戻ることになった。


 もっとも、町の人々がその光景を見てどのような反応をするのか。


 ユウトは、まったく考えていなかった。


 ◇


「戻ったぞー!」


 ベルグラード北門。


 ユウトは片手を振りながら、元気よく声を上げた。


 その反対側には、巨大なアイアンホーンベアの身体が抱えられている。


「……お、おい!」


 門の近くにいた獣人族の男が、二人の姿に気づいた。


「戻ってきたぞ!」


「……無事だったのか!?」


 周囲にいた男たちが駆け寄ってくる。


 しかし、ユウトが抱えているものを見るなり、その足が止まった。


「…………」


「…………」


「……おい」


 一人の男が、震える指で魔獣を指さした。


「……それ、まさか」


「……ああ!」


 ユウトが笑った。


「アイアンホーンベア!」


「…………」


「倒したぞ!」


「……は?」


 男たちは固まった。


「せっかくだから持ってきたんだ! 何かの素材に使えるかなって」


「…………」


「……それと!」


 ユウトが嬉しそうに続ける。


「畑も無事!」


「…………」


「ちゃんと森の奥まで誘導したから、作物は踏まれてないと思うよ!」


 その言葉に、男たちは互いに顔を見合わせた。


「……ちょっと待て」


「……何?」


「本当に、倒したのか?」


「だから倒したって!」


「……危険度Bだぞ?」


「……そうらしいな」


「そうらしいな、じゃねぇよ!」


 男が思わず叫ぶ。


「お前ら、二人だけで行ったんだよな!?」


「……うん」


「……それで?」


「……倒した」


「…………」


「……あ、でも!」


 ユウトがシエルへ視線を向ける。


「今回は、俺一人だったからな!」


「…………」


「シエルは見てただけ!」


「……言い方が悪いわ」


 シエルが呆れたように答えた。


「でも本当じゃん!」


「……そういう問題じゃないでしょう」


 男たちは完全に言葉を失っていた。


 危険度B。


 この地域では滅多に現れない、極めて危険な魔獣。


 普通なら討伐隊を組み、慎重に準備を整えてから対処する相手だった。


 それを、たった二人で向かった挙げ句、片方は何もせずに終わったというのである。


「……お前なぁ」


 一人の鬼人族の男が、頭を抱えた。


「危険度Bだぞ……」


「……うん」


「それを一人で倒したっていうのか?」


「……うん!」


「…………」


「まあ、ちょっと力は使ったけど!」


「ちょっとで済むかぁぁぁ!」


「なんで怒られてんの!?」


 その声に、周囲の男たちから笑いが漏れた。


 やがて、一人の獣人族の男が首を振った。


「……もういいだろ」


「……何が?」


「こいつがEランクだって話だよ」


「……本当だよ!」


 ユウトが抗議する。


「はいはい」


「信じてないだろ!」


「信じろって方が無理だ!」


 男たちが声を上げて笑う。


 つい先ほどまで、危険な魔獣が現れたことで緊張していた北門。


 しかし、今はその空気が嘘のように和らいでいた。


 もちろん、ユウトが抱えているアイアンホーンベアの巨体を見れば、再び表情を引きつらせる者もいたが。


「……ところで」


 ユウトが周囲を見渡した。


「こいつ、どこに置けばいい?」


「……え?」


「ずっと持ってるのも面倒だし」


「…………」


「……駄目?」


 男たちは、しばらく巨大な魔獣を見つめていた。


 そして――。


「……とりあえず、そこの広場に置いてくれ」


「……おう!」


 ユウトは門の脇にある広場へ向かい、アイアンホーンベアを静かに下ろした。


 ――ドスン。


 地面が僅かに揺れる。


「…………」


 周囲の男たちが再び固まった。


「……本当に、持って帰ってきやがった……」


「……すげぇな」


「……あれ、本当にEランクなのか?」


「だから、もうその話はやめろって!」


 そんな声が飛び交う中。


「……ユウト」


 背後から、かすれた声が聞こえた。


「……ん?」


 ユウトが振り返る。


 そこには、一人の人間族の老人が立っていた。


 日に焼けた顔。


 土のついた作業着。


 どうやら、北門の外にある畑を管理している者らしい。


「……あんたが、魔獣を倒してくれたのか?」


「……うん!」


 ユウトが頷く。


「もう大丈夫だと思うよ!」


「……そうか」


 老人は、広場に置かれたアイアンホーンベアを見つめた。


 そして、ゆっくりと頭を下げた。


「……ありがとう」


「……え?」


「畑まで守ってくれたって聞いた」


「……ああ!」


 ユウトが手を叩く。


「そうそう! 森の奥まで誘導したんだ!」


「……わざわざ?」


「うん。あんなでかいのが畑で暴れたら、作物が駄目になっちゃうだろ?」


「…………」


「それじゃ困るだろうしさ!」


 ユウトは当たり前のように答えた。


 しかし、その言葉を聞いた老人は、しばらく何も言わなかった。


「……そうだな」


 やがて、小さく頷く。


「今年の作物が駄目になったら、俺たちは困っていた」


「……だよな!」


「俺一人じゃない。あの畑で働いている連中も、収穫を待っている家族もいる」


「……うん」


「だから、助かったんだ」


 老人はもう一度、深く頭を下げた。


「……本当にありがとう」


「…………」


 ユウトは少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。


「……別に、そんな大したことじゃないよ」


「……いや」


 老人は静かに首を振った。


「俺たちにとっては、大したことなんだ」


「…………」


「魔獣を倒してくれたこともありがたい。だが、作物のことまで気にしてくれたのが、何より嬉しかった」


 その言葉に、ユウトは少しだけ目を丸くした。


 そして、すぐに笑顔を浮かべる。


「……そっか!」


「……ああ」


「じゃあ、よかったな!」


 老人も、小さく笑った。


 そのやり取りを、周囲の住民たちは静かに見つめていた。


 危険度Bの魔獣を倒した。


 それだけでも、十分に驚くべきことだった。


 しかし、ユウトはただ強いだけではなかった。


 町へ被害を出さないように考え、畑を守り、そこで暮らす人々の生活まで気に掛けていた。


 そして、その行動を特別なことだとは思っていない。


「……なあ、あいつ」


 一人の獣人族の男が、小さく呟いた。


「……ユウトか?」


「ああ」


 男は老人と話しているユウトを見つめた。


「……結構、頼りになるな」


「今さらかよ」


 隣の鬼人族の男が笑う。


「この前のグランドライノだって、あいつらが倒したんだろ?」


「……そうだったな」


「それに、評議会と人間族の話し合いにも関わってるらしいぞ」


「……そうなのか?」


「ああ。うちの知り合いも、あいつに相談に乗ってもらったって言ってた」


 男たちは、改めてユウトへ視線を向けた。


 そこには、老人と笑いながら話している青年の姿があった。


「……でも、Eランクだぞ?」


「それはもういいだろ」


「……そうだな」


 二人は思わず笑った。


 少なくとも、今のベルグラードでユウトを単なるEランク冒険者として見る者は、確実に減り始めていた。


 ◇


「……さて!」


 ひとしきり話を終えたユウトが、大きく伸びをした。


「……シエル!」


「何?」


「これで今日の仕事、終わりかな?」


「……何を言っているの?」


 シエルが呆れたように答えた。


「……え?」


「東の工房から相談されていたでしょう?」


「…………」


 ユウトの動きが止まった。


「……あ」


「忘れてたのね」


「……忘れてた!」


「やっぱりね」


 シエルがため息を吐く。


「さっき、話を聞くって言ってたじゃない」


「……そうだった!」


 ユウトが慌てて顔を上げた。


「やばい! 待ってるかもしれない!」


「……そうね」


「急いで戻ろう!」


「はいはい」


 ユウトは慌てて北門から町の中へ駆け出した。


 その後ろを、シエルが少し呆れたように追いかける。


「……シエル!」


「今度は何?」


「東の工房って、どっちだっけ!?」


「……あなたね!」


「だって、途中で魔獣出たから!」


「……こっちよ!」


「了解!」


 二人の声が通りに響く。


 そんな姿を、北門に集まっていた住民たちが笑いながら見送っていた。


「……まったく」


 一人の獣人族の男が呟く。


「すげぇ奴なのか、変な奴なのか、分かんねぇな」


「……両方だろ」


 隣にいた鬼人族の男が答える。


「……そうかもな」


 男たちは再び笑った。


 しかし、その笑い声には、以前のような警戒や疑いはほとんど感じられなかった。


 ◇


 その日の夕方。


 ベルグラードでは、新たな噂が広まり始めていた。


 北東の森に、危険度Bのアイアンホーンベアが現れたこと。


 町の警備員たちが討伐をためらうほどの魔獣だったこと。


 そして、その魔獣をユウトがほとんど一人で倒してしまったこと。


「……本当かよ?」


「本当だって! 北門の広場に魔獣の死体が置いてあるぞ!」


「危険度Bだろ? 普通、そんな簡単に倒せるものなのか?」


「倒せるわけねぇだろ!」


「……じゃあ、どうやって?」


「……さあな。でも、本人は普通に持って帰ってきたらしいぞ」


「……持って帰ってきた!?」


 通りのあちこちで、驚きの声が上がっていた。


 しかし、今回の噂には、もう一つの話が添えられていた。


 ユウトが、畑への被害を避けるために魔獣を森の奥へ誘導したという話だった。


「……畑まで気にしてくれたのか?」


「ああ。うちの親父が礼を言いに行ったんだが、本人は大したことしてないって笑ってたらしい」


「……そうか」


 住民たちは、改めてその青年について考え始めていた。


 危険な魔獣を倒せるだけの強さを持ちながら、決してそれを振りかざそうとはしない。


 人間族も、獣人族も、鬼人族も。


 誰かが困っていれば、同じように話を聞き、必要であれば手を差し伸べる。


 評議会の者でもなければ、この町の住民でもない。


 それでも、町の人々にとって、少しずつ欠かせない存在になり始めていた。


 何か困ったことがあれば、あの二人に相談してみよう。


 魔獣が現れても、あの二人がいれば何とかなるかもしれない。


 そんな声が、以前よりも確かなものとして広がっていたのである。


 もっとも――。


「……疲れたぁ!」


 宿へ戻ったユウトは、ベッドへ勢いよく倒れ込んでいた。


「お疲れ様」


 シエルが椅子に腰掛けながら答える。


「今日、結構動いたよな!?」


「そうね。町の相談にも乗ったし、魔獣も倒したものね」


「しかも危険度B!」


「……そうね」


「……なあ」


 ユウトが顔を上げた。


「……何?」


「魔獣倒した分の報酬って、もらえるのかな?」


「……さあ?」


「えっ!?」


「正式な討伐依頼として受けたわけじゃないでしょう?」


「…………」


 ユウトの表情が固まる。


「……もしかして」


「……何?」


「今日も、ただ働き?」


「……少なくとも、今のところはそうね」


「なんでだよぉぉぉ!」


 ユウトの叫びが、宿の部屋に響いた。


 シエルは思わず吹き出す。


「……あなた、本当に面白いわね」


「笑い事じゃないよ!」


「ふふっ。町の人たちは感謝していたじゃない。それだけでも十分でしょう?」


「……それはそうだけどさ!」


 ユウトは不満そうに頬を膨らませた。


「報酬もらえたら、もっと美味しいもの食べられるじゃん!」


「……結局、食べ物なのね」


「大事だろ!?」


「……はいはい」


 シエルは楽しそうに笑った。


 ベルグラードの町では、今日も新しい変化が生まれていた。


 人々の間で、少しずつ広がっていく信頼。


 種族の違いを越えて交わされる言葉。


 そして、困った時に頼れる存在として知られ始めた、一人のEランク冒険者。


 その名は、ユウト。


 まだ本人は気づいていない。


 自分がただ人助けをしているつもりで行っていることが、町の人々にとって、どれほど大きな意味を持ち始めているのかを。


 そして、その影響が評議会にまで届き始めていることも。


 もっとも、今のユウトにとって一番大きな問題は――。


「……なあ、シエル」


「今度は何?」


「明日も相談来るかな?」


「……来るでしょうね」


「……だよなぁ」


 ユウトは再びベッドへ倒れ込んだ。


「……仕事、減らないかなぁ」


「自分で増やしているんでしょう?」


「……俺か!」


「あなたよ」


 そんな二人のやり取りが、今日も宿の部屋に響いていた。

第314話をお読みいただき、ありがとうございます!


危険度Bの魔獣まであっさり倒し、さらに頼られるようになったユウト。


本人の知らないところで、その立場はどんどん大きくなっているようです。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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